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八甲田丸見聞録

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マストのセグロカモメ

それは突然の出来事であった。     Img_4590r_2

メモリアルシップ八甲田丸の

ブリッジに上がり、外の雪景色を

見ている時、どこからともなく

1羽の鳥が飛んできて、マストの

てっぺんに止まった。               Img_4597br

これはシャッターチャンスと思い、

カメラを出してファインダーで

のぞくと、セグロカモメであった。

雪降りしきる中、マストで一休み

しているセグロカモメは、何を探しているのだろうか。

とにもかくにも、思わぬ所で探鳥ができ、ラッキーな一日となった。

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りんごのA-FACTORY

この日、青森駅周辺で午前中、     Imgp2289br

ぶらぶらし、午後、新青森駅へ

移動するよう時間的余裕を

持たせていた。

で、青森駅から数分の所に

青函連絡船の「メモリアルシップ

八甲田丸(以下八甲田丸に省略)     Imgp2295r

があったので、見に行くことにした。

途中、オシャレナな建物の

「A-FACTORY」という商業施設が

あったので、ちょっとのぞいてみた。

青森県産のシードルを建物内で

製造販売している「シードル工房」。         Imgp2294r

りんごの加工食品を中心とした

お土産品の販売。

青森の食材を使用したグルメ・

カフェ・レストラン・スイーツなどの

コーナーがあり、ちょっとした食事

もできるようになっている。

建物内の中央部分に丸いテーブルと赤い椅子が十数ヶ所置いてあり、

休憩できるようになっていた。

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太宰治の食べる文庫本?

お土産コーナーで太宰治の文庫本?が目についた。

変わっていると思い、それを買ってみたらパッケージがブック形式に

なっているりんごのクッキーでした。

物珍しさが手伝ってか、他の観光客もかなりまとめ買いをしていた。

太宰治は津軽鉄道だけでなく、ここでも青森のりんごPRに

一役買っているわけで、本当にご苦労様。

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A-FACTORYとは?

太宰治クッキーを買う時、                  Imgp2366br

レジの人に「A-FACTROY」の

施設名の由来を聞いてみた。

「A-FACTROYのAは青森のA

とアップルのAを引っ掛けて

つけた名前じゃないの?」

レジの女性は笑いながら「その通りです。それとりんごの

シードルを造っているので、ファクトリーと命名しています。」

なるほどそうかと私は感心しながら八甲田丸に向かった。


メモリアルシップ八甲田丸

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雪が降り続く中を、目的の「八甲田丸」にたどり着いたが、入場者は

私一人のようで、帰りがけに一人の入場者を見ただけであった。

正月で暇なのかもしれないが、これでは経費倒れになるのでは

ないかと、余計な心配をしてしまった。


八甲田丸について

青函連絡船は1908年から        Imgp2358r

1988年の青函トンネル開通まで、

本州と北海道を結ぶ大動脈として

活躍してきた。

80年間で延べ1億6千万人の乗客と

2億5千万トンの貨物を輸送し、

その航行距離は地球2019周分の       Imgp2357r

8千万キロメートルとのことである。

この八甲田丸は1964年に就航し、

1988年に役目を終えるまでの

23年7ヶ月で、約1,200万人の

乗客を運び、最後の連絡船と

なった。


メモリアルシップ内

シップ内では乗船口の2Fから        Imgp2299r

3F、ブリッジの4Fへと進み、

エレベータで1Fの車両甲板へ

降りる。そして地下のエンジン

部分で終わりという順路コースと

なっていた。

3Fに津軽海峡の文化交流     Imgp2307r

コーナー。

青函鉄道連絡船記念館。

青函連絡船のビデオ上映

スペースがあり、青函連絡船の

歴史を知ることができるようになっている。

左下は時報を知らせたり、霧中の衝突防止などに鳴らす号鐘。

右下は夜間、左右の舷につける舷灯や銅鑼など。

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左下の模型は1954年9月26日に台風15号で転覆・沈没した洞爺丸。

右下は明治天皇の御召し船として、1876年、北海道、東北地方の

巡幸に供された明治丸。

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ブリッジ(航海甲板)からの眺め

大型客船に乗ったことがない             Imgp2324r

私にとって、船を操縦する心臓部

のブリッジを見ることじたい、

興味ある体験であった。

客室の窓と違って、ブリッジの窓

から前三方が見渡せるので、

眺めがきわめて良い。                    Imgp2328r

そんな外の雪景色を見ている時、

マストに止まったセグロカモメを

発見したのである。

ブリッジ内には船を操縦する

いろいろな機械や操作盤があり、

物珍しいので、つい写真に収めていった。

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圧巻の車両甲板

シップ内で驚いたのは1Fの車両

甲板に展示されていた数々の          Imgp2344r_2                      

鉄道車両であった。

実物本物の特急列車。郵便車。

気動車などがあり、鉄道車両を

運んだ当時の姿が偲ばれる。

それにしても鉄道車両を輸送

するためとはいえ、広大な

スペースを必要としたようである。

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およそ1時間ほどの八甲田丸見学を終え、再び雪降りしきる中、

青森駅へ戻り、青森ミニミニ観光は終了。


八甲田丸、存続か廃船か

八甲田丸見学をして数日後、地元新聞にて八甲田丸が

廃船の危機に直面していることを知った。

八甲田丸は就航から50年近くたち、老朽化が進み、船体の

維持に多大な費用がかかることから、市は本年度内に

存続か廃船かの結論を出すということである。

本土と北海道との経済発展に大きく寄与した青函連絡船の

最後の証としての八甲田丸が廃船するということは、

今後、映像や写真でしか八甲田丸を知ることはできない。

青函連絡船を知らない若い世代にその活躍を知ってもらうためにも、

是非、存続して欲しいものだ。

折りしも、今年1月6日に「青函連絡船<八甲田丸>を存続する会」が

結成され、存続の署名運動が始められた。

私は早速、オンライン署名に参加したしだいである。   

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