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2012年1月

八甲田丸見聞録

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マストのセグロカモメ

それは突然の出来事であった。     Img_4590r_2

メモリアルシップ八甲田丸の

ブリッジに上がり、外の雪景色を

見ている時、どこからともなく

1羽の鳥が飛んできて、マストの

てっぺんに止まった。               Img_4597br

これはシャッターチャンスと思い、

カメラを出してファインダーで

のぞくと、セグロカモメであった。

雪降りしきる中、マストで一休み

しているセグロカモメは、何を探しているのだろうか。

とにもかくにも、思わぬ所で探鳥ができ、ラッキーな一日となった。

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りんごのA-FACTORY

この日、青森駅周辺で午前中、     Imgp2289br

ぶらぶらし、午後、新青森駅へ

移動するよう時間的余裕を

持たせていた。

で、青森駅から数分の所に

青函連絡船の「メモリアルシップ

八甲田丸(以下八甲田丸に省略)     Imgp2295r

があったので、見に行くことにした。

途中、オシャレナな建物の

「A-FACTORY」という商業施設が

あったので、ちょっとのぞいてみた。

青森県産のシードルを建物内で

製造販売している「シードル工房」。         Imgp2294r

りんごの加工食品を中心とした

お土産品の販売。

青森の食材を使用したグルメ・

カフェ・レストラン・スイーツなどの

コーナーがあり、ちょっとした食事

もできるようになっている。

建物内の中央部分に丸いテーブルと赤い椅子が十数ヶ所置いてあり、

休憩できるようになっていた。

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太宰治の食べる文庫本?

お土産コーナーで太宰治の文庫本?が目についた。

変わっていると思い、それを買ってみたらパッケージがブック形式に

なっているりんごのクッキーでした。

物珍しさが手伝ってか、他の観光客もかなりまとめ買いをしていた。

太宰治は津軽鉄道だけでなく、ここでも青森のりんごPRに

一役買っているわけで、本当にご苦労様。

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A-FACTORYとは?

太宰治クッキーを買う時、                  Imgp2366br

レジの人に「A-FACTROY」の

施設名の由来を聞いてみた。

「A-FACTROYのAは青森のA

とアップルのAを引っ掛けて

つけた名前じゃないの?」

レジの女性は笑いながら「その通りです。それとりんごの

シードルを造っているので、ファクトリーと命名しています。」

なるほどそうかと私は感心しながら八甲田丸に向かった。


メモリアルシップ八甲田丸

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雪が降り続く中を、目的の「八甲田丸」にたどり着いたが、入場者は

私一人のようで、帰りがけに一人の入場者を見ただけであった。

正月で暇なのかもしれないが、これでは経費倒れになるのでは

ないかと、余計な心配をしてしまった。


八甲田丸について

青函連絡船は1908年から        Imgp2358r

1988年の青函トンネル開通まで、

本州と北海道を結ぶ大動脈として

活躍してきた。

80年間で延べ1億6千万人の乗客と

2億5千万トンの貨物を輸送し、

その航行距離は地球2019周分の       Imgp2357r

8千万キロメートルとのことである。

この八甲田丸は1964年に就航し、

1988年に役目を終えるまでの

23年7ヶ月で、約1,200万人の

乗客を運び、最後の連絡船と

なった。


メモリアルシップ内

シップ内では乗船口の2Fから        Imgp2299r

3F、ブリッジの4Fへと進み、

エレベータで1Fの車両甲板へ

降りる。そして地下のエンジン

部分で終わりという順路コースと

なっていた。

3Fに津軽海峡の文化交流     Imgp2307r

コーナー。

青函鉄道連絡船記念館。

青函連絡船のビデオ上映

スペースがあり、青函連絡船の

歴史を知ることができるようになっている。

左下は時報を知らせたり、霧中の衝突防止などに鳴らす号鐘。

右下は夜間、左右の舷につける舷灯や銅鑼など。

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左下の模型は1954年9月26日に台風15号で転覆・沈没した洞爺丸。

右下は明治天皇の御召し船として、1876年、北海道、東北地方の

巡幸に供された明治丸。

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ブリッジ(航海甲板)からの眺め

大型客船に乗ったことがない             Imgp2324r

私にとって、船を操縦する心臓部

のブリッジを見ることじたい、

興味ある体験であった。

客室の窓と違って、ブリッジの窓

から前三方が見渡せるので、

眺めがきわめて良い。                    Imgp2328r

そんな外の雪景色を見ている時、

マストに止まったセグロカモメを

発見したのである。

ブリッジ内には船を操縦する

いろいろな機械や操作盤があり、

物珍しいので、つい写真に収めていった。

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圧巻の車両甲板

シップ内で驚いたのは1Fの車両

甲板に展示されていた数々の          Imgp2344r_2                      

鉄道車両であった。

実物本物の特急列車。郵便車。

気動車などがあり、鉄道車両を

運んだ当時の姿が偲ばれる。

それにしても鉄道車両を輸送

するためとはいえ、広大な

スペースを必要としたようである。

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およそ1時間ほどの八甲田丸見学を終え、再び雪降りしきる中、

青森駅へ戻り、青森ミニミニ観光は終了。


八甲田丸、存続か廃船か

八甲田丸見学をして数日後、地元新聞にて八甲田丸が

廃船の危機に直面していることを知った。

八甲田丸は就航から50年近くたち、老朽化が進み、船体の

維持に多大な費用がかかることから、市は本年度内に

存続か廃船かの結論を出すということである。

本土と北海道との経済発展に大きく寄与した青函連絡船の

最後の証としての八甲田丸が廃船するということは、

今後、映像や写真でしか八甲田丸を知ることはできない。

青函連絡船を知らない若い世代にその活躍を知ってもらうためにも、

是非、存続して欲しいものだ。

折りしも、今年1月6日に「青函連絡船<八甲田丸>を存続する会」が

結成され、存続の署名運動が始められた。

私は早速、オンライン署名に参加したしだいである。   

津軽・・雪景色

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青森・街角の雪景色

年末、年始、青森に出かけた。

地元タクシーの運転手さんの話しだと、12月は例年より2週間早くから

雪が降り出し、毎日、こんな雪降りで、積雪も例年よりはるかに多い

ということであった。

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道路の両脇に積み上げられた雪は車高より高く、雪の壁を車が

走る感じで、私は生まれて初めて見る雪景色であった。

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ショッピングセンターもご覧の通りの積雪。

信号機も雪で埋まり、当然、車の停止線がわからない。


雪を運ぶトラック

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タクシーに乗っていて驚いたのは、雪を運ぶトラックであった。

東京ではまず見られない光景だ。

青森市では、何でも夜中に弘前を       Imgp2242r_2       

含む青森市近郊のトラックが

1000台近く集結し、街中の雪を

運び、海に捨てる作業をしている

ということである。

そして、その除雪費用は15億円を

超え、例年より雪が多い年は、          Imgp2246r

さらに費用として補正予算で何億か

上積みされるということで、

何とも雪国は大変な出費をされて

いるようである。

また、街のあちこちに雪を集積する

場所を決めているようで、そこにトラックで運んできた雪を降ろす

作業をしていた。


除雪機出動

一方、道路、ホテル、店舗などで、多数の除雪機を見かけた。

道路の除雪は市が行うのであろうが、民間企業などは自前で除雪機を

用意し、建物の入り口付近や駐車場などの除雪を行っているようだ。

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雪かきをする人々

それと道路脇で目についたのは、      Imgp2241r

いたるところで、雪かきをする

人々であった。

通過する車を気にしながらの

雪かき作業は、かなり神経を

使うのではないだろうか。

車を気にかけないで、一心に      Imgp2281r

雪かきをする人もいるので、

運転手さんは彼らの側を通る

時は、注意しながら徐行運転

していると語った。

本当にお気をつけてという

感じである。

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鉄道・雪景色

五能線からの雪景色

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弘前から五所川原間を五能線の

「リゾート快速しらかみ」に乗車。     Imgp2327r_3    

五能線は日本海側が景色がよく、

内陸部はさほど人気はない。

しかし、内陸の雪景色は悪くない。

田んぼやりんご園を覆った

ふんわりした雪。

雪で浮き上がった田んぼの畝が     Imgp2267r

一種の田んぼアートの世界を

作り、雪国ならではの光景だ。

また、雪をかぶったりんごの木が

果てしなく続く風景は、りんご県

青森でしか見ることのできない

風情かも知れない。                         Imgp2328r

途中、ハクチョウの絵が描かれた

橋を見つけた。

五能線では藤崎駅近くの平川に

ハクチョウが飛来するので、

そのPRかも知れない。


青森駅の雪景色

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青森にはJRと青い森鉄道の

2つの駅がある。             Imgp2269br

JRの青森駅は駅ビルもあり、

立派な大きな駅であるが、

青い森鉄道はJRの駅を間借り

している感じの小さな駅である。

青い森鉄道は第三セクター鉄道

として、2002年12月より運営        Imgp2273r

されているが、全線開業1周年を

迎えたということで、記念事業が

展開されている。

営業距離は青森駅から目時駅

までの121.9kmと、日本最長の

第三セクター鉄道路線という      Imgp2274r

ことである。

その青い森鉄道のホームに

到着した電車が、雪で凍り

ついていた。

まさに凍てつく雪国の電車を

間近で見て、一段と寒さを感じてしまった。


五所川原駅の雪景色

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五所川原にはJR五能線と津軽

鉄道の2つの五所川原駅がある。     Imgp2256r

津軽鉄道は日本最北の民間鉄道

会社で、営業距離は20.7kmと短い。

この鉄道は何といっても

冬のストーブ列車が有名で、

だるまストーブでするめを焼くという

風物詩が売りとなっている。          Imgp2338r

沿線の金木駅に太宰治の生家が

あり、太宰治記念館「斜陽館」

として、観光名所になっている。

私は津軽鉄道には乗らなかったが、

駅だけは記念に撮影した。

今、太宰生誕100年ということで         Imgp2337r

あるが、太宰は津軽鉄道のPRに

登場しており、死後もひっぱりだこ

のようで、本当にご苦労様という

感じだ。


雪に埋もれた弘前公園(弘前城)

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当初、弘前に泊まった時、早朝、弘前城の堀で探鳥する予定であった。

で、行ってみたら、何と、城は雪で埋まり、堀は完全凍結していた。

癪に障ったので、凍結した堀を記念に?撮影。

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川はめったに凍結しないが、池や堀は寒さで凍結することがある

ということを、私はすっかり忘れていたのである。

せめて城内にある天守閣までたどり着こうと、城門をくぐろうとしたが、

雪かきされていない門前は、積雪がゆうに40センチ超えているようで、

あきらめてホテルへ引き返した。

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「弘前城探鳥失敗の巻き」にて、津軽・・雪景色は終了。

白鳥の詩:青森編

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Tsugaru

青森県藤崎町平川のハクチョウ

新春早々、青森県のハクチョウ飛来地へ出かけてきた。

青森のハクチョウと言えば「藤崎のハクチョウ」と

「小湊浅所海岸のハクチョウ」が有名で、それぞれ青森県の

特別天然記念物に指定されている。

藤崎町平川のハクチョウを見に行くには、五能線の藤崎駅が

最寄り駅ではあるが、時間帯によっては3時間近く、次ぎの電車を

待たなければならない。

そこで、奥羽本線とクロスしている川部駅からタクシーを利用して

「ハクチョウふれあい広場」へ連れていってもらうことにした。

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ハクチョウはどこに?

現地には13時過ぎに到着。

この日、川部駅で積雪20センチは超えていたと思うが、

しきりに雪が降り、写真撮影にはあまりよろしくない天候であった。

駅から10分強でハクチョウが集まるというポイントに着いたが

土手の上からは土手下の道路にオナガガモが少しいるだけで、

ハクチョウは見当たらなかった。

念のためカモたちがいる所まで、降りたら、その下の河畔に

ハクチョウはいたが、30羽程度しかいなかった。

4,5年前に発生した鳥インフルエンザの影響で、この場所も

餌付け、餌まきの自粛が行われた結果、毎年、ハクチョウの飛来が

激減してきた。多い時で4~5百羽はいたとタクシーの運転手が話してくれた。

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ハクチョウの種別はオオハクチョウだと思うが、数は少ないものの、

どれもいい顔をしている。何か話し合っているようににも見え、ほほえましい。

餌がないことを知って飛来しているハクチョウたちは、ある意味、本物の渡り鳥だ。

全国的に餌付けをやめた湖沼・河川で、ハクチョウやカモたちが皆無になって

いるところがあるのだから、まだここは恵まれている。

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小湊浅所海岸のハクチョウ

浅所海岸は藤崎平川の翌日に行くことに決めていた。

そして、朝一番の電車に乗り、小湊駅で降り、タクシーにて現地に行き、

1時間ちょっと探鳥&撮影するストーリーであった。

しかし、ホテルを出た時から、かなりの降雪で、現地は撮影できる

状態なのかどうか、少々不安であった。

電車が遅れることなく、何とか小湊駅に到着。やはり雪・雪・雪・・・

タクシーに乗り、現地には7時過ぎの到着。

藤崎平川同様、タクシーを待機させ、撮影すること20分前後。

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朝寝坊のハクチョウ

ここもハクチョウはまばらで思ったより少ない。

湾内に分散していたハクチョウの数は100羽もいない。

探鳥にきていたウオッチャーにハクチョウのことを聞いてみた。

ここも藤崎平川同様、鳥インフルエンザの影響で、近くの小学校の

こどもたちが、以前は餌付けしていたのをやめてから激減した。

多い時で800羽はいたという。

全く肩すかしという感で、がっかりもいいとこである。

それにしてもハクチョウはほとんど惰眠中で、起きる気配がない。

せめて起きて飛べよ!

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と、突然、雪と雲の間から朝陽が昇ってきた。

まったく予期せぬ出来事に少し怒りは収まった。

三脚を立て、完全防衛で写真のスタンバイをしていた2人のウオッチャーは、

昇る朝陽の瞬間を撮るため待っていたのか・・・

私も負けず朝陽を取り込んだ風景を撮ることにした。

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降雪が一段と強くなってきたので、タクシーに逃げ込み撮影は終了。


名ばかりのハクチョウ飛来地PRは自粛せよ

藤崎平川や浅所海岸のハクチョウについて、青森県の観光案内や

ブログなどで飛来数の激減はほとんど語られていない。

現地に来て、初めて現状を知るのが実情といったところかも知れない。

餌付けや餌まきの自粛は結構だが、ハクチョウの飛来地としてPR

するなら、県はそれなりの飛来増加対策をすべきではないか。

それができないのなら、飛来激減の事実を公表すべきだ。

ウオッチャーは数百羽の数の迫力と甲高い鳴き声を期待して訪れるのだから。

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