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2012年2月

がんばっぺ!気仙沼②

気仙沼復興のシンボル:

イオン気仙沼店の営業全面再開

2011年3月11日の

東北大震災に見舞われた           Kesen3      

イオン気仙沼店(旧ジャスコ)が

8月26日に全館営業再開した。

営業停止後、4ヶ月半で復興

したイオン気仙沼店は、

デベロッパー側、テナント側とも、

並々ならぬ復興への努力が

結実したと思われる。

震災当日のイオン気仙沼店の状況を、関係者から聞くことができた。


高台避難10数分の明暗

2011年3月11日14時46分

イオン気仙沼店のある赤岩地区は     2

震度6弱の大地震に見舞われた。

地震と同時に全館停電し、館内は

真っ暗闇になってしまった。

かねてから実施された防災訓練

通り、デベロッパー、テナント

従業員とも、館内のお客様を    1

正面入り口の平面駐車場へ

避難誘導した。

停電で館内放送ができないため、

警備員やデベロッパー側スタッフ

が声を出し、逃げ遅れたお客様が

いないかどうか、館内を走り回った   

ようである。   3

駐車場にはSC側スタッフを含め

300人ほど集まった。

その時、多くの人は海岸から

およそ3.5km離れた位置に

あるSCに、まさか津波が押し

寄せるとは思ってもいなかった

ようであった。                         

誰かが「6mの津波が来る。                4_2

高い所に逃げろ」という言葉で、

避難者は一斉に駐車場近くの

高台にある旧県立高校跡地へ

走り出した。

高台に上がった人々は数分後、

津波にのまれる建物や浮遊物を

見て、恐怖に襲われたという。       5

高台への避難誘導したのは

イオン気仙沼店の高瀬店長で、

彼の機転により一人の被害者も

出さずに済んだとのことである。

地震発生から10数分で全員が

高台へ避難誘導されたので、

事なきを得たが、もし、数分、高台避難への誘導が遅れていたら、

どのような結果になっていたであろうか・・・

Img_0002r

まさに10数分の人々の行動が生死の明暗を分けたと言える。

右の5枚の写真は私の友人が撮影した3月19日のイオン気仙沼店と

その周辺の被災した地域及び避難所である。


3月11日以降のイオン気仙沼店

震災翌日、店をのぞいた従業員たちが見たものは、

膨大な瓦礫の山に埋め尽くされた1階売場であった。

震災当日の売上とつり銭の入ったレジは流されて

見当たらない。商品も遠くへ流され、どこへ行ったかわからない。

ただ呆然と立ちすくすのみだったと、店スタッフは語ってくれた。


屋上駐車場での仮営業

そのような壊滅的状況の中、4月1日、屋外駐車場でテントを

張った仮設店舗による仮営業が開始された。

扱われた商品は非冷凍食品、カップ麺、野菜、自転車、布団

など生活必需品が中心であった。

その日、開店前におよそ500人の買い物客が並んだそうで、売る側も

買う側も喜びに溢れていたそうである。

震災から半月ちょっとで、イオン気仙沼店が仮営業までこぎつけたのは、

地元消費者からの強い再開要望に応えるためであったようだ。

その後

6月1日、2階に既存テナントを仮設店舗で再入居させ、

衣料品、雑貨といった商品で仮オープン。

7/25~8/25まで2階を改装のため休業。

そして

8/26全館再オープンとなった。


2m81cmの恐怖

イオン気仙沼店を退出する時、

従業員出入り口の壁面に         6

なにやら書き込まれた文字を

見つけた。

3月11日津波の高さ2m81cm

いう文字の上に横一線の直線が

引かれていた。

3月11日イオン気仙沼店は大津波で

1階の館内が2m81cm浸水したという証拠が残されたのである。

その直線は天井にあと数十センチと迫っていた。

警備員の話しでは震災翌日、館内に魚市場からの魚も流れこみ

魚の腐ったような異様な臭いに覆われたとのことである。

先ずは、SC従業員ならびに震災当日のお客様が全員無事で

あったのは何よりでした。

完全復興したイオン気仙沼店は、      Ionkesen

買い物する場所が少なくなった

地域住民にとって、今まで以上に

かけがえのない商業施設に

なっている。

そして、まさに復興のシンボル

として、気仙沼市全体の復興の

牽引役を担って欲しいと思う。

がんばっぺ!気仙沼①

Img_4616rw2 Img_4620br 119rw    

東北一の水揚げ漁港:気仙沼

東北大震災発生から10ヶ月過ぎた2月1日。                                              

私は雪降る中、5年前と同じ撮影場所に立った。

そこは気仙沼魚市場が一望できる場所で、どの程度被災したのか、

そして復旧しているのかを確かめるためでもあった。

左の写真は震災前、右は震災後2012年2月の写真。

Kesengyokour  Img_4606rb

かつて、気仙沼漁港はサメ、エビ、カジキなどで、全国一の陸揚量を誇り、

2008年の水揚げ高ではおよそ280億円と、東北1位であった。

特に、カツオ水揚げは14年連続の日本一である。

そして、世界三大漁場のひとつである三陸沖を操業域とする

漁船の主要な水揚げ港の一つであるとともに、日本の遠洋漁業の

基地の一つにもなっていた。


明らかな地盤沈下

魚市場の建物自体は、見た目     Img_4618r

被災を受けているようには見え

なかった。

しかし、魚市場の岸壁が以前より

低くなっており、明らかに地盤沈下

している。

何でも今回の震災によって、市内全域で70~80cmほどの地盤沈下が発生。

魚市場も250メートルにわたって70センチ沈下しているという。

Img_4610rx  Img_4632rr    

それに、以前よりカモメの数が異常に多く感じた。

おそらく7月3日に震災後、気仙沼漁港で、はじめてカツオの水揚げが

されてから、カモメが戻ってきたのであろう。

震災以前は東北各県の漁港にカモメが分散していたと思う。

しかし、震災後、どの漁港も再開のめどは十分立っていないので、

彼らは気仙沼に集まってきているのではないだろうか。

この気仙沼とて、市場としての機能がまだ復旧していない中での

再開なので、完全復活には時間がかかるのだが・・・


気仙沼港の震災被害状況

ところで、気仙沼港の震災による被害を調べてみた。

震災当日の気仙沼港には

100t以上の大型船舶が40隻         094r

あまり、係留されていたという。

それが地震による津波で

大型船舶が遠くに流されたり、

座礁したり、陸に打ち上げられ

たり、湾内で火災に遭ったりと、

壊滅状態になったという。        099r   

そして、魚市場周辺に震災以前、

100社以上あったという

冷凍加工施設がことごとく、津波

と火災で流出したり、炎上して

再起不能になったと言われている。

さらに、悪いことに気仙沼沿岸に     092r

あった石油タンク23基のうち

21基が倒壊し、流出した重油や

ガソリン、灯油などに引火。

それが流木やガレキなどに

次々に引火して、

市街地での大火災の原因に

なったと言われている。


復興へ!魚市場の再開!

そのような悲惨な状況の中、

魚市場の岸壁の嵩上げや     Img_4619r

市場としての機能の復旧を            

急がせ、6月23日に

魚市場は再開された。

そして、7月3日に

カツオ水揚げ式が行われ、

震災後初めてカツオが水揚げされた。

これらはテレビで大きく報道されたが、復興への第一歩であって、

完全回復までには相当の時間を要するようだ。

当面はカツオなどの鮮魚の水揚げは可能だが、水揚げの

7割が冷凍に回るサンマなどは敬遠される。

つまり、水揚げした魚を出荷するための、製氷会社。一時保存する

冷蔵・冷凍倉庫。魚を加工する会社などが、水揚げする漁港の

近くにないとだめなのである。

そういったことから、加工や冷凍施設の会社が早急に営業再開

されることが急務となっている。


標高差20メートルの明暗!気仙沼駅と南気仙沼駅

降雪が強くなってきたので、一旦、気仙沼駅に戻ることにした。

気仙沼駅は地震や津波による被災は見当たらなく、

5年前とほとんど変わらない様子であった。

左下写真が5年前の気仙沼駅で右が今年2月1日の写真。

Rimg0633r  108r

Kesenmap

現在、大船渡線は一ノ関から気仙沼間は運転をしているが、

気仙沼~盛駅間は震災の影響でいまだに運行中止となっている。

また、気仙沼線は気仙沼~柳津間で同じく震災影響で運行中止。

気仙沼駅と南気仙沼駅は直線で2kmちょっとで、きわめて近い。

しかし、気仙沼駅は震災の影響を

受けなかったのに、南気仙沼駅は      Minamikesenr_2     

津波で破壊され、再開不能状態に

なっているのが、不思議でならな

かった。右の写真は震災直後の

南気仙沼駅。

その鍵は標高差20mにあり、

南気仙沼駅の標高は1.8mであるのに対し、気仙沼駅は21.3mと

小高い場所に位置していたので、6mの津波の影響は受けなかった。

気仙沼駅の改札口近くに

つるし雛と応援メッセージ                120r                              

「がんばっぺ!気仙沼」の         

飾り物が吊るされていた。

本当に、気仙沼は早く復興

して欲しいと節に思った。

駅で帰りの電車時刻を確認し、

完全営業再開された

イオン気仙沼店へ

タクシーで向かった。

再びタゲリの里へ

Canon_049r  Imgp2378r  Imgp2397r_2  

タゲリ探鳥会

1月21(土)湘南タゲリの里で           Pentax_009r_2

タゲリ探鳥会が行われた。

私としては昨年に続き、2回目と

なったが、昨年、タゲリ米購入者

への無料探鳥会である。

今回のタゲリ米は探鳥会を主催

した三翠会の方が話した通り、

昨年はお米の生育にとって、

暑さ寒さも程良く、おいしいと

いうことであった。 Imgp2374r

事実、前回より確かにうまかった。

今回の探鳥会は前日みぞれ

交じりの雨だったので、当日の

開催が危ぶまれていた。

当日、朝曇りの予報で探鳥会は

実行されたが、9時の集合場所    Imgp2386r_2

から小雨まじりと悪天候となった。

三翠会スタッフの方を含め

20人強の参加者であったが、

前回より親子連れが増え、

なごやかな雰囲気の中、

川沿いの探鳥から始まった。

Canon_086r  Canon_053r 

ところで、今回は探鳥開始後20分たらずで、早々とタゲリを

観察できたが、遠くて撮影は不調に終わった。

田んぼ3枚先にタゲリ7羽が北風を避けるように立っている姿を

望遠鏡で見ることはできたが、この距離での撮影は無理である。

で、川にはヒドリガモ、バン、オオバン、マガモ、カイツブリなどが

入っており、思いの他、水鳥は多かった。

空からはオオタカやミサゴ、チョウゲンボウが我々一行を迎えてくれ、

実りある探鳥会となって、主催者もほっとしたのではないだろうか。


魚道とビオトープ

今回の探鳥会の目玉は

三翠会の方々が昔ながらの   Imgp2387r

田んぼの自然環境を再生

するために作られた「魚道」や

「ビオトープ」を観察させてもらう

ことであった。

近くの川から田んぼへナマズや

ドジョウ、その他の魚を呼び込み、   Imgp2396r

魚たちが田んぼで卵を産んだら、

再び川へ戻れるようにと作られた

のが魚道。

写真では見たことある魚道も、

実際に説明を聞きながら実物を

見ると、なるほどと、うなづける。

魚たちが田んぼへ遡上できるよう魚道にいろいろ仕掛けをされて

いるのを見て、三翠会の方々の    Imgp2397r_3

小さな生き物たちへの愛情を

感じることができた。

私が幼い頃、水を張った田んぼに

ドジョウやフナ、メダカなどがいて、

よくドジョウを捕まえた記憶がある。

田んぼに小さな生き物たちで      Imgp2398r

にぎあう昔ながらの自然環境が、

全国各地にもっと増えてほしい

ものだ。

なお、ビオトープのそばにソーラー

パネルがあり、ビオトープの水が

少なくなったら、ソーラーでポンプの水をくみあげ、ビオトープへ

そそぐという仕掛けをされていた。

探鳥会の締めはタゲリの里       Canon_002r_2

近くの自治会館で昼食を

摂りながら、米生産農家の

苦労話を聞くことであった。

前回とは違う試みで、普通の

探鳥会では味わえないイベントに

参加者は皆満足している様子で

あった。

帰りに三翠会を立ち上げた一人の

森上さんが描かれた、モツゴという

淡水魚のイラスト入りタゲリ米を

記念に購入し、お暇した。

三翠会探鳥リーダーの樋口さん、ならびにスタッフの方々。

今回もありがとうございました。

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