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2012年8月

回想:インド紀行②

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ゴールデントライアングル5日間の旅

アーグラ城

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さて、タージ・マハルを後にして、15分程度でアーグラ城に到着。

その入口付近で、やたらとがキー、キー声を出しながら、飛び

かっていた。食べ物でも手に持っていたら、たちまち横取りされそうな

そんな動きをしていて、かなり危険!という感じでした。

アーグラ城は1558年、

ムガル帝国が首都をデリーから   103_0345r

アーグラに移し、10年の歳月を

かけ、王宮と城塞機能をもった

城を作った。完成は1574年

それがアーグラ城です。

高さ20mの城塞は外敵が容易に

近づけないよう、ヤナム川と濠に   103_0344r

囲まれており、城塞の機能は

十分備えている。

城の建築材は赤砂岩が使われ、

宮殿部分は大理石作り。装飾には

別の色の石を埋め込む細工が

多様され、増築や改築が瀕繁に行われた城塞となっている。

103_0351r_2

外壁で張り出した部分がサマン・ブルジュ(とらわれの塔)で、

この部屋にシャー・ジャハン帝(1592-1666)幽閉され、妻の

墓廟であるタージ・マハルを見ながら、息を引き取ったと伝えられている。

103_0349r

城塞の内外壁や柱、建物にはたくさんの装飾がほどこされて

いますが、イスラム文化ヒンヅー文化も反映され、

インドの支配者たちが宗教上の融和をはかった証が残されています。

アーグラ城を18時過ぎに出発し、インド2日目はアーグラ市内の

ホテル・アマールへ泊まった。

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ホテル近くで、夕方の商店風景を1枚だけ撮ったが、どの店も間口が狭く、

壁面に商品が雑然と並べられていて、見た目でも清潔感はない。

だいたいインドの地方では、こんな感じの店が多いようだ。


アーグラからジャイプールへ

野良牛に出会う

ニューデリーからアーグラへ行く道路でも見かけたが、

アーグラからジャイプールへの道中、多く見たのは

野良牛たちであった。

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道路をゆっくり横切ったり、道路の真ん中で座りこんだり、

道端でゴミをあさる野良牛たち。どれもやせ細った牛が多く、

家畜で飼われていれば、食べる心配はないし、栄養状態も

良くなるはずだが・・・どういうプロセスで彼らが野良になったのか

わからないが、彼らにとって自由がいいのか。人間に飼われる

のがいいのか。答えは彼らに聞いてみなければわからない。

103_0316r_2

今、ニューデリーだけで、約4万頭の野良牛がいるそうで、

彼らによる交通の妨げが日常的にあるだけでなく、野良牛が

人間を突き殺すという悲しむべき事件も起こっているということで、

野良牛問題はかなり深刻になっているらしい。


幹線道路で見た物

102_0292r

幹線道路を走って気づいたことは、

広漠とした大地が続き、田畑があまり見なかった。

民家を見たのは一定の距離にあるバザール市のような

 バラックの商店があるゾーンのみであた。

その市では果物を主とする食料品や雑貨・生活用品程度の

物は売られていた。

Casuarina4r

街路樹は時々見かけるが1本づつ間隔をおいて植えられている

 インドゴム、クワ科の常緑樹、ユーカリなどで、葉っぱが広がって

 いないので、暑さをしのぐ樹陰とはなっていない。

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道路を歩くサリー姿の女性。服で完全武装という感じだけど

これで涼しいのかな?

102_0299r

△幹線道路の町っぽい地域で見かけた人力車

インドではローカルな町に行けばいくほど、人力車が多いようだ。

その他、幹線道路で見た物としては

△一定の距離ごとに見かけたある自転車修理屋さん。

 インドでは自転車が交通手段として多いようで、かなり遠距離を

 走っているように感じた。そのため、パンクする率も多いと想定

 されるので、自転車修理屋さんの商売が成り立つのでしょう。

△道路脇に何故か芸をする?鎖につながれた子熊と芸人

 何故、インドに熊が?酷暑のインドでしかも木陰もない

 もろに太陽光線を浴びる場所で。商売が成り立つのだろうか?

 熊さんて暑さに耐えられる動物だったのだろうか?

 私にはよくわからない。

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荷物の運ぶ動物として、荷車を引っ張るラクダを一番多く見かけた。

アーグラからジャイプールへ通ずる幹線道路は、いわばローカル

道路という感じがするので、動物が荷車を引っ張る光景が目立った。

ラクダ以外でロバ、馬、牛といった動物も運び屋さんの役目をしていた。


丘の上のアンベール城

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さて、ジャイプールに近づいてきた頃、車中から丘の上に何やら城塞

ようなお城のような建物が見えてきた。

それはアンベール城といい、16世紀にこの地を支配した

カチワーハ家の王国が作った砦を、1592年アクバル皇帝の

軍司令官が大規模な築城に変え、その後、150年に渡って

増改築が行われたそうだ。

このお城に上る象のタクシーが有名だが、今回のツアーで

アンベール城は入っていなかったので、今度、オプションにでも

して、象のタクシーに乗ってみようと思った。


湖に浮かぶ水の宮殿

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アンベール城から数分走った所で、突然、車窓から湖に浮かぶ

お城のような建物が見えた。その一瞬を捉えた写真がこれですが、

後で調べたら、「水の宮殿」でした。

ジャイプール旧市街やシティ・パレスを造らせた

マハラジャ、ジャイ・シン2世が建てさせた夏用の離宮ということらしい。


菜食主義のインド料理

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ジャイプール市内近くのレストランに13時過ぎに着き、

ツアーでセットされた昼食タイムとなった。

お客は私と通訳兼ガイドとの2名だけ。

我々テーブルに着くやいなや、突然、赤いマントのような

衣装を羽織った大男が近づき、手相で占ってあげようと

話してきた。結構な占い料だったので、お断りしたのだが、

インドのレストランでは観光客相手に専属の占い師がいて、

レストランとグルで商売しているのだろうか?

で、出てきた料理が北インドでは一般的なターリー(定食)で、

ナン。香辛料の入ったペースト。野菜。チキンなどであったが、

はっきり言って、私の口には合わなかった。

インドでの3日間、朝食は別として、昼や夕食はこんな感じ

だったので、2~3キロ痩せたのではないかと思う。

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この方はウエイターですが、いかにもインド的服をまとい、感じもよかった。


ジャイプール:宝石の街

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ジャイプール市内に入ると、バス、トラック、自動車、バイク、スクーター、

人力車、自転車などと、様々な乗り物でにぎわってきた。

いよいよ宝石と染色の街ジャイプール中心街に到着。

ツアーのコースとなっていた綿や布へのプリント製造過程見学

布製品直売店宝飾店。その他の土産物店回りなどしてきたが、

買いたい物は何もなかった。

きらびやかな宝石はたくさん店に陳列されていたが、

観光客相手用か決して安くはなく、日本で買っても変わらないと

素人目でもわかるプライスの付け方。

せめて宝石の原石が安く買えれば収穫だったのだが・・・

それで、通訳の方にツアーコースにないおもしろい所がないかと

たずねたら、宝石の原石をつぶして顔料にして絵を書いている

画家?の店兼工房があるということで、案内してもらった。

赤色はルビー青色はラピスラズリ緑色はエメラルドというふうに

原石を砕いて顔料にしている工程。その顔料で布に絵を描く様子

などを見せてもらい、馬と象をテーマとした絵を書いてもらった。

それが出来上がるまで、チャイを飲みながら通訳と談笑。

出来上がったそれぞれ世界で1枚しかない馬と象の絵がこれ。

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Dsc01860br

1枚いくらだったか覚えていなが、日本円で3000円前後だったと思う。

それが高いのか安いのかわからないが、宝石の街:ジャイプールの

思い出の絵になったことには間違いはない。


風が通り抜ける「風の宮殿」

その工房を出てホテルへ行く途中、風の宮殿に寄った。

103_0363rr

風の宮殿は1799年、この街を治めていたラージプトの王

サワーイー・プラタープ・スインによって建てられたと言われている。

無数の小窓を通して風が循環することにより、暑い時でも涼しい

状態に保たれるような構造となっており、これがこの宮殿の

名前の由来にもなっているとのこと。

103_0364r

風の宮殿を撮影していたら、突然、象のタクシーが現れ、

宮殿を走り抜けた。鼻や顔をピンク色にボディペインティングされた

インド象は、それなりにアートで絵になる。

しかし、その走りの早いこと。カメラを向けていたら、あっという間に

通り過ぎてしまい、写真がブレてしまった。

インド象のタクシー時速25キロ出ると聞いていたが、

動物園の象がノシ、ノシと歩くのとは雲泥の差だ。

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ホテルに入る前に近くの公園にいた観光用?のラクダ

結構あでやかな衣裳をまとい、おつにすましていた。

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インド最終日に泊まったホテル:ジャイプールパレス

このホテルは快適で、ニューデリーとアーグラのホテルより、

内装、設備もよく、清潔感もありクラス的にも上で満足できた。

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深刻なインドの電力不足

泊まったホテルで2度、エレベータに乗っている時、停電で突然止まり、

短時間ですがエレベータに閉じ込められた。

インドは人口急増や電力需要の拡大で、電力の供給が間に合わず

深刻な電力不足が万年的に発生しているという。

実際、インド国民の節電意識は日本の節電以上のものがあり、

商店、レストラン、ホテルなどで、窓側の席は照明を消し、

外のあかりをできるだけ多く入れていく工夫と意識が強いのだが・・・

今、インドは年間発電電力量で10%最大電力で13%もの

電力が不足しており、停電は各地で頻発しているという。

その電力供給の中心となっているのが石炭火力ですが、

近年、石炭不足により全国各地で深刻な電力不足に拍車が

かかっているということです。


ゴールデントライアングル5日間の旅を終えて

3泊5日の旅は何事もなく無事終了し、通訳兼ガイドの方に

見送られ、帰国の途につきました。

移動の車の中から見たインドは、新興国として成長が著しい

ものの、都市部以外の町や村は前近代的で、貧しさを肌で感じた。

動物による荷物運搬手段がトラックなどの車に変わって初めて、

本当の経済成長発展と言えるのではないでしょうか。

かつて日本もそうであったように。

回想・インド紀行①

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ゴールデントライアングル5日間の旅

今から8年前の5月中旬、       Air_india_777200lr_vtald

風来坊の私は当時、インドに

行ってみたいという気持ちが強く、

5日間の一人旅をしました。

4月初め、旅行会社をネットで

調べていたら

ゴールデントライアングル5日間     Pa160023r

 84,900円(3泊5日)

という格安のツアーを見つけ、

早速申し込んだのですが、

1名様参加追加料金がプラスされ、

総額 102,590円となりました。

しかし、機内食を除き、朝3食、

昼3食、夕2食と、インド滞在中、食事の心配はなく、ホテルも

スタンダードクラスとはいえ、結構満足のいくものでした。


トライアングルとは

トライアングルとはニューデリー、アーグラ、ジャイプールの3都市を

結ぶと、丁度三角形のトライアングルの形になるので、旅行業界では

インドでの定番的なツアーとして、トライアングルを使用しているとのこと。

India_map2

この3都市は ニューデリーからアーグラまでの距離が188キロ。

アーグラからジャイプールまでが172キロ。そしてジャイプールから

ニューデリーまでが200キロと、どの区間も車で5~6時間かかります。


私一人だけの大名ツアー

で、このツアーの参加者は私を含め      103_0382r

8名でしたが、何故か私一人だけが

別行動という形となり、4WDの

専用車と運転手に日本語通訳が

1名つくという贅沢な旅となりました。

結局、ツアーの丸2日半を2人の

インド人と一緒に行動したわけで、   103_0360r

このお二人とすっかり仲良しになり、

親近感を感じるとともに、楽しい旅を

サポートしていただいたので、

大変感謝しています。

それにしても、主要都市を結ぶ

トライアングルの道路は舗装

箇所が少なく、かなりデコボコ道が多く、体が上下に揺れたり

して、乗っている方も結構疲れたという印象が強いですね。


ツアースケジュール

5月12日 成田空港発 エアインディアAI305 12:00 出発

       バンコク経由にてニューデリーへ

       インディラ ガンジー国際空港  19:40 到着

       ニューデリー市内のホテル「ブロードウェイ」へ

5月13日 ホテルを8時30分頃アーグラへ向け専用車で出発

       タージマハールへ14時30分頃 到着 

       2時間程度 タージマハール見学

       16時30分 タージマハール 出発 15分程度でアーグラ城着

       18時過ぎ アーグラ城出発 ホテル・アマールへ 18時30分着

5月14日 ホテルを8時過ぎに ジャイプールに向け出発

       ジャイプール市内に14時頃到着 

       染色工場見学 宝石店、宝飾細工店、土産物店回り

       19時頃 ホテル ジャイプールパレス到着

5月15日 ホテルを9時頃 ニューデリーに向け出発

       15時頃 ニューデリー市内到着

       市内のバザールや商店街を買い物散策

       18時頃、インディラ ガンジー国際空港へ

       ニューデリー発 エアインディアAI308 20:50出発

5月16日 成田空港に8時頃 到着

こんな感じの実際の旅程でした。3都市間はそれぞれ6時間前後

かかる車による長旅でしたが、道中、車中からインドで暮らして

いる人々の姿を生で見ることができ、それなりに意義深い

記憶に残る旅となりました。


幹線道路の休憩所

ニューデリーからアーグラに行く途中、2回程、停車して休憩したのが

こんな立派な建物の休憩所で、入口にサーベルのような刀を持った

門番が立っていました。結構、愛嬌のある人でした。

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この休憩所はちょっとした軽食とお茶が飲め、もちろんトイレも

あり、天井扇(シーリングファン)が数台、回っていました。

電力事情の良くないインドなので、こういう場所ではクーラーは

なく、窓をたくさん取って外光を室内に入れ、照明はつけないのが

一般的のようです。

私はインドに来て、生水(ペットボトルも実は結構あやしい)は

一切飲まず、ここでも暖かいチャイ(ミルクティー)を飲みました。

驚いたのはトイレに入った時、入口に若い男性

手拭き用のペーパータオルのような紙を束で持っていて、

用事を済ませ水洗いするとき、これを使えとしきり差し出してきた。

それを一度受け取ると、何ルピーか金をよこせとなるので、

私は拒否して、すぐさまトイレを出た。皆さん!ご用心を!

この休憩所の中庭に大道芸人らしい親子2人を見つけたので、

写真を撮らせてもらった。鮮やかな衣装が一際目立っていました。

103_0305r_2


タージ・マハル物語

さて、ニューデリーを出発し、6時間程で、

最初の観光地:世界文化遺産のタージ・マハルへ到着。

タージ・マハルには悲しい物語があります。

タージ・マハルはムガル帝国第5代皇帝のシャー・ジャハーンが、

死去した愛妃ムムターズ・マハルのために建設した、総大理石で

できた墓廟で、インド・イスラーム文化の代表的建築になっています。

この墓廟は愛妃ムムターズ(1630年)が死後、1632年着工、

1653年竣工という22年の歳月をかけ建造されたとのこと。

建材はインド中から1000頭以上の象で運ばせ、大理石は

ラージャスターン地方産。その他宝石・宝玉は中国、スリランカ、

アラビアなどから取り寄せられ、ヨーロッパから2万人もの

職人を集め完成させた世界一ゴーシャスな建物になっています。

竣工してまもなく、シャーはヤムナー川の対岸に対となる

自分自身の黒大理石の廟の建設に着手した。

しかし、工事のための重税や労働にかりだされた民衆の

不満が高まり、反乱が起きる恐れが出たため、息子の

アウラングセーブ帝が皇帝の地位を父親シャーから奪い、

シャーをアーグラ城に幽閉した。

シャーは幽閉された小部屋から外へ一歩も出ることが許されず、

晩年の彼は小窓から見えるタージ・マハルを眺めては涙を流し、

毎日を過ごしたと伝えられています。

103_0347e

アーグラ城(後述します)に幽閉されたシャーが、はるか遠くに

見えるタージ・マハルを見続けたであろう光景が、この写真

なのですが、実は、シャーが幽閉された部屋(公開されていない)

近くの小窓から、私はほぼ同じ光景を撮影していたようです。

あたかもシャーに導かれ、私は彼の部屋近くに来ていました。

写真は等倍で撮っているので、340年以上前、シャーは

靄でかすむタージ・マハルをこんな感じで見ていたのでしょう。

そして、1666年1月、彼は息を引き取ったということです。

103_0330r

これはタージ・マハルの入り口付近の外から撮った写真で、

ツアーパンフレットの写真とほとんど同じ構図になっています。

敷地内の撮影は禁止のため、結局、同じような写真になるわけです。

103_0332r

敷地全体は高い塀で囲まれており、入口で入場料を払うわけですが、

当時、インド人には20ルピー(約60円 2004年レート)でしたが、

外国観光客には750ルピー(2004年レート2,250円)と法外に高い。

しかもセキュリティチェックが厳しく、ビデオカメラ携帯電話

予備乾電池などの持ち込みはノーでデジカメはチェック後、

OKとなったが、敷地内での撮影は禁止

もし、写真撮影をしている人を警備員が見つけたら、

カメラを取り上げられるので、皆さん!くれぐれもご注意。

なお、ここの入場料はツアー代金に入っていたので、私は払うことは

なかったのですが、外国人からしっかりお金を取ろうという魂胆は

あまりいただけないですね。

103_0323r

タージ・マハルで注意しなければならないのは、この写真のように、

時折、突風砂ぼこり舞い、目が開けにくい状態になって、あたり一面、

白く、ほこりぽっくなったりすることです。

ここではタオルストールを持っていった方がいいですね。

103_0336r  103_0338r

タージ・マハルに入場する前、その入り口付近の樹木にシマリス

何匹もいて、ちょろちょろと樹を登ったり降りたり、樹の周りを走ったり、

水(きたない)を飲んでいました。

シマリスたちにとって、人間は害を与えない動物だと認識

しているのでしょうか。かなり至近距離に近づいても逃げません。

インドは野良の牛や豚、羊、猿などが市中にいますが、

動物たちにとって、天国ですね。


タージ・マハル見学の注意

さて、建物内を見学する際、靴を        Maharu2

脱いで大理石の床を歩かなければ

ならないことになっている。

従って、無数の靴が建物の入口

付近に散らばっていて、

自分の靴が盗まれはしないかと

心配になった。

それで、お抱えの通訳に私の靴を

見張ってもらったわけですが、

もし、墓廟内の見学が終わって、

戻ってきたら、自分の靴がない!

ということになったら、しばらく、

裸足で旅をすることになって・・・    

そんな想像はしたくないのですが、        Maharu_2

不安はありますね。

そして、大理石の床が太陽熱を

もろに吸収しているので、

暑くてたまらない。薄い靴下では

役にたたない状態。

ルームシューズのような物を用意

した方が賢明ですね。

それに、靴のある場所に戻った時、

靴下が床のほこりや汚れで、

すっかり汚くなって、専用車に戻り、履き替えましたが・・

この日、アーグラは摂氏45度を超えたと通訳から聞いた。

日差しの強さは半端ではなく、皮膚に太陽光線が突き刺さる感じ。

帽子サングラス、それに長袖シャツは必要ですね。

さて、墓廟内の肝心の見学ですが、

ある部屋の真ん中に棺が2つ並べられていて、皇帝シャーと

愛妃ムムターズの遺体が眠っていると聞いていた。しかし、実際は

その地下に本物があるそうで、我々はダミーを見学させられている

ということです。何かありがたくないですね。

はるばる何千キロも離れた日本から見学に訪れたのに、

ダミーとは・・・絶句ですね。

私は再び発生した突風をよけながら車に戻り。アーグラ城に向かった。

       

琵琶湖周航の歌

琵琶湖周航の歌

われは湖(うみ)の子 さすらいの     030r

旅にしあれば しみじみと

昇る狭霧(さぎり)や さざなみの

滋賀の都よ いざさらば

これは大正時代に歌われた

学生歌のひとつ

「琵琶湖周航の歌」の1番で      

6番まであります。                     043r

加藤登紀子がカバーし

ポピュラー音楽として

一般に知られるようになった

のですが、この歌にある

琵琶湖へ8月初旬、生まれて

初めて訪れました。

仕事で浜大津のホテルに泊まり、   048r

翌早朝、琵琶湖のほとり

大津港を散歩しながら

30度を超える暑い、しかも

強い日差しの中、写真を

撮ったので載せてみました。

私のブログで遊覧船やヨット

などを載せたのは初めてですが、遊覧船で琵琶湖を

周航したらいいなという思いで、写真を撮りました。

仕事でなければ遊覧船に乗ってみたかったのですが・・・


海のような琵琶湖

039r_3

実際、琵琶湖に来てみて湖というより海を見ているかんじで、

ゆったりとした大海原のような景色でした。

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早朝ということもあって、船着場へ数隻の遊覧船や

多くのヨットが係留され、他の湖では見ることのできない

光景を写真に収めることができ、ラッキーでした。

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船着場では8月8日に開催される(ブログアップ前の話しですが)

「琵琶湖大花火大会」の準備で、多くの関係者がテントを張ったり、

機材を持ち込んで、あわただしい風景でしたが、たまたま

地方局(?)の天気予報らしきテレビ撮影現場に遭遇したり、

ガチョウ(ポケットのデジカメで撮ったので白とびしている)を

見つけたりと結構な収穫でした。

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懐かしい路面電車

大津市には路面電車が走っていました。

今時、めづらしい光景なので、写真を撮りましたが、

短い編成の旧型っぽい車両と、長い編成の新型?車両の

路面電車2パターンとなっていました。

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私は写真を撮り終えると、汗を拭き拭き、ホテルへ戻り、

シャワーを浴びました。そして朝食摂った後、仕事へ出発。

どっこらしょっと!

カタツムリのツーショット

6月の終わり頃、雨あがりの早朝、家の近くを散歩していたら、

歩道に植えられた紫陽花にカタツムリ君を発見!しかも2匹。

私はいつも手にしているデジカメを取り出し、撮影スタート。

驚いたことに、小さな子供?と思われるカタツムリ君が

大きなカタツムリ君(親かな?)の背中を登ろうとしていました。

私は珍しいカタツムリ君のツーショットシーンを激写?

ほんの1,2分の出来事でしたが、小さなカタツムリ君は

大きなカタツムリ君の背中から降りたら、紫陽花の葉っぱの

裏側に消えてしまいました。

心が癒された早朝の出来事でした。

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