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回想・インド紀行①

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ゴールデントライアングル5日間の旅

今から8年前の5月中旬、       Air_india_777200lr_vtald

風来坊の私は当時、インドに

行ってみたいという気持ちが強く、

5日間の一人旅をしました。

4月初め、旅行会社をネットで

調べていたら

ゴールデントライアングル5日間     Pa160023r

 84,900円(3泊5日)

という格安のツアーを見つけ、

早速申し込んだのですが、

1名様参加追加料金がプラスされ、

総額 102,590円となりました。

しかし、機内食を除き、朝3食、

昼3食、夕2食と、インド滞在中、食事の心配はなく、ホテルも

スタンダードクラスとはいえ、結構満足のいくものでした。


トライアングルとは

トライアングルとはニューデリー、アーグラ、ジャイプールの3都市を

結ぶと、丁度三角形のトライアングルの形になるので、旅行業界では

インドでの定番的なツアーとして、トライアングルを使用しているとのこと。

India_map2

この3都市は ニューデリーからアーグラまでの距離が188キロ。

アーグラからジャイプールまでが172キロ。そしてジャイプールから

ニューデリーまでが200キロと、どの区間も車で5~6時間かかります。


私一人だけの大名ツアー

で、このツアーの参加者は私を含め      103_0382r

8名でしたが、何故か私一人だけが

別行動という形となり、4WDの

専用車と運転手に日本語通訳が

1名つくという贅沢な旅となりました。

結局、ツアーの丸2日半を2人の

インド人と一緒に行動したわけで、   103_0360r

このお二人とすっかり仲良しになり、

親近感を感じるとともに、楽しい旅を

サポートしていただいたので、

大変感謝しています。

それにしても、主要都市を結ぶ

トライアングルの道路は舗装

箇所が少なく、かなりデコボコ道が多く、体が上下に揺れたり

して、乗っている方も結構疲れたという印象が強いですね。


ツアースケジュール

5月12日 成田空港発 エアインディアAI305 12:00 出発

       バンコク経由にてニューデリーへ

       インディラ ガンジー国際空港  19:40 到着

       ニューデリー市内のホテル「ブロードウェイ」へ

5月13日 ホテルを8時30分頃アーグラへ向け専用車で出発

       タージマハールへ14時30分頃 到着 

       2時間程度 タージマハール見学

       16時30分 タージマハール 出発 15分程度でアーグラ城着

       18時過ぎ アーグラ城出発 ホテル・アマールへ 18時30分着

5月14日 ホテルを8時過ぎに ジャイプールに向け出発

       ジャイプール市内に14時頃到着 

       染色工場見学 宝石店、宝飾細工店、土産物店回り

       19時頃 ホテル ジャイプールパレス到着

5月15日 ホテルを9時頃 ニューデリーに向け出発

       15時頃 ニューデリー市内到着

       市内のバザールや商店街を買い物散策

       18時頃、インディラ ガンジー国際空港へ

       ニューデリー発 エアインディアAI308 20:50出発

5月16日 成田空港に8時頃 到着

こんな感じの実際の旅程でした。3都市間はそれぞれ6時間前後

かかる車による長旅でしたが、道中、車中からインドで暮らして

いる人々の姿を生で見ることができ、それなりに意義深い

記憶に残る旅となりました。


幹線道路の休憩所

ニューデリーからアーグラに行く途中、2回程、停車して休憩したのが

こんな立派な建物の休憩所で、入口にサーベルのような刀を持った

門番が立っていました。結構、愛嬌のある人でした。

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この休憩所はちょっとした軽食とお茶が飲め、もちろんトイレも

あり、天井扇(シーリングファン)が数台、回っていました。

電力事情の良くないインドなので、こういう場所ではクーラーは

なく、窓をたくさん取って外光を室内に入れ、照明はつけないのが

一般的のようです。

私はインドに来て、生水(ペットボトルも実は結構あやしい)は

一切飲まず、ここでも暖かいチャイ(ミルクティー)を飲みました。

驚いたのはトイレに入った時、入口に若い男性

手拭き用のペーパータオルのような紙を束で持っていて、

用事を済ませ水洗いするとき、これを使えとしきり差し出してきた。

それを一度受け取ると、何ルピーか金をよこせとなるので、

私は拒否して、すぐさまトイレを出た。皆さん!ご用心を!

この休憩所の中庭に大道芸人らしい親子2人を見つけたので、

写真を撮らせてもらった。鮮やかな衣装が一際目立っていました。

103_0305r_2


タージ・マハル物語

さて、ニューデリーを出発し、6時間程で、

最初の観光地:世界文化遺産のタージ・マハルへ到着。

タージ・マハルには悲しい物語があります。

タージ・マハルはムガル帝国第5代皇帝のシャー・ジャハーンが、

死去した愛妃ムムターズ・マハルのために建設した、総大理石で

できた墓廟で、インド・イスラーム文化の代表的建築になっています。

この墓廟は愛妃ムムターズ(1630年)が死後、1632年着工、

1653年竣工という22年の歳月をかけ建造されたとのこと。

建材はインド中から1000頭以上の象で運ばせ、大理石は

ラージャスターン地方産。その他宝石・宝玉は中国、スリランカ、

アラビアなどから取り寄せられ、ヨーロッパから2万人もの

職人を集め完成させた世界一ゴーシャスな建物になっています。

竣工してまもなく、シャーはヤムナー川の対岸に対となる

自分自身の黒大理石の廟の建設に着手した。

しかし、工事のための重税や労働にかりだされた民衆の

不満が高まり、反乱が起きる恐れが出たため、息子の

アウラングセーブ帝が皇帝の地位を父親シャーから奪い、

シャーをアーグラ城に幽閉した。

シャーは幽閉された小部屋から外へ一歩も出ることが許されず、

晩年の彼は小窓から見えるタージ・マハルを眺めては涙を流し、

毎日を過ごしたと伝えられています。

103_0347e

アーグラ城(後述します)に幽閉されたシャーが、はるか遠くに

見えるタージ・マハルを見続けたであろう光景が、この写真

なのですが、実は、シャーが幽閉された部屋(公開されていない)

近くの小窓から、私はほぼ同じ光景を撮影していたようです。

あたかもシャーに導かれ、私は彼の部屋近くに来ていました。

写真は等倍で撮っているので、340年以上前、シャーは

靄でかすむタージ・マハルをこんな感じで見ていたのでしょう。

そして、1666年1月、彼は息を引き取ったということです。

103_0330r

これはタージ・マハルの入り口付近の外から撮った写真で、

ツアーパンフレットの写真とほとんど同じ構図になっています。

敷地内の撮影は禁止のため、結局、同じような写真になるわけです。

103_0332r

敷地全体は高い塀で囲まれており、入口で入場料を払うわけですが、

当時、インド人には20ルピー(約60円 2004年レート)でしたが、

外国観光客には750ルピー(2004年レート2,250円)と法外に高い。

しかもセキュリティチェックが厳しく、ビデオカメラ携帯電話

予備乾電池などの持ち込みはノーでデジカメはチェック後、

OKとなったが、敷地内での撮影は禁止

もし、写真撮影をしている人を警備員が見つけたら、

カメラを取り上げられるので、皆さん!くれぐれもご注意。

なお、ここの入場料はツアー代金に入っていたので、私は払うことは

なかったのですが、外国人からしっかりお金を取ろうという魂胆は

あまりいただけないですね。

103_0323r

タージ・マハルで注意しなければならないのは、この写真のように、

時折、突風砂ぼこり舞い、目が開けにくい状態になって、あたり一面、

白く、ほこりぽっくなったりすることです。

ここではタオルストールを持っていった方がいいですね。

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タージ・マハルに入場する前、その入り口付近の樹木にシマリス

何匹もいて、ちょろちょろと樹を登ったり降りたり、樹の周りを走ったり、

水(きたない)を飲んでいました。

シマリスたちにとって、人間は害を与えない動物だと認識

しているのでしょうか。かなり至近距離に近づいても逃げません。

インドは野良の牛や豚、羊、猿などが市中にいますが、

動物たちにとって、天国ですね。


タージ・マハル見学の注意

さて、建物内を見学する際、靴を        Maharu2

脱いで大理石の床を歩かなければ

ならないことになっている。

従って、無数の靴が建物の入口

付近に散らばっていて、

自分の靴が盗まれはしないかと

心配になった。

それで、お抱えの通訳に私の靴を

見張ってもらったわけですが、

もし、墓廟内の見学が終わって、

戻ってきたら、自分の靴がない!

ということになったら、しばらく、

裸足で旅をすることになって・・・    

そんな想像はしたくないのですが、        Maharu_2

不安はありますね。

そして、大理石の床が太陽熱を

もろに吸収しているので、

暑くてたまらない。薄い靴下では

役にたたない状態。

ルームシューズのような物を用意

した方が賢明ですね。

それに、靴のある場所に戻った時、

靴下が床のほこりや汚れで、

すっかり汚くなって、専用車に戻り、履き替えましたが・・

この日、アーグラは摂氏45度を超えたと通訳から聞いた。

日差しの強さは半端ではなく、皮膚に太陽光線が突き刺さる感じ。

帽子サングラス、それに長袖シャツは必要ですね。

さて、墓廟内の肝心の見学ですが、

ある部屋の真ん中に棺が2つ並べられていて、皇帝シャーと

愛妃ムムターズの遺体が眠っていると聞いていた。しかし、実際は

その地下に本物があるそうで、我々はダミーを見学させられている

ということです。何かありがたくないですね。

はるばる何千キロも離れた日本から見学に訪れたのに、

ダミーとは・・・絶句ですね。

私は再び発生した突風をよけながら車に戻り。アーグラ城に向かった。

       

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