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大連紀行②:昔日の面影を訪ねて

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瀋陽から大連へ

私は2005年9月10日から始まる     Cimyor   

「大連国際服装博覧会」を

見るためだけでなく、

実は前々日の8日夜には、

大連入りしていました。

9月8日 成田から瀋陽の飛び、                                瀋陽駅

博覧会の関係者にお願いして       Rimg1092r

いた通訳の学生の案内で、

瀋陽に保管されているという

「あじあ号」(戦前、満鉄を走った

特急で、当時世界最速の

時速130kmを出した機関車)を                                                                    

見るのが今回の中国行きの            

目的でした。                    06

「あじあ号」は瀋陽で移動を

繰り返されたらしく、タクシーで

市内を走り回り、やっと所在

場所を突き止めました。

しかし、戦前の世界の蒸気

機関車を一堂に集めた

「鉄道博物館」を建設して      

いる最中で、何台もシートに

包まれた機関車を遠くからでしか見ることができませんでした。

瀋陽から大連へは、戦前、満鉄の「あじあ号」や「はと」が

走った同じ鉄路を、中国の汽車で4時間半かけ、行くことにしていました。      

乗った汽車は夜行列車のようで、

3段ベットのままの状態で乗り、          Rimg1093r

乗務員が元に戻すことは

しなかった。

車窓から見える田畑、荒野などの

風景や、停車した駅の様子を

眺めながら、戦前もこんな風景が

展開されたのではないかと、

一人、想像してみたりした。

まあ、横になってくつろげるので、それもいいかと思いながら、

時々、横になって通訳とおしゃべりしながら、時を過ごした。

大連駅に着いたのは19時を過ぎ、通訳にホテルまで案内して

もらい、その日は彼と別れた。

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大連について

大連は遼東半島の最南端に位置し、東北、華北、華東地区が

世界各地と繋がる海上の門口であり、最も重要な港、貿易、工業、

観光都市となっています。

大連は唐の時代、小さな漁村に過ぎなかったのですが、1880年代、

清朝が大連湾北岸に砲台を築き、都市が形成され始めた。

そして、日清戦争後の1898年、三国干渉の代償として、清から

関東州(大連、旅順など)を租借したロシアが、東清鉄道の終着駅を

設け、「ダーリニー」と名付けた。

しかし、1904年の日露戦争に勝った日本は、翌1905年、ポーツマス

条約により、日本に租借権が譲渡された。

大連湾から取った「大連」が都市名として採用されたが、ロシア名の

ダーリニーと発音が似ていることにもよるそうです。

さらに、日本は、1906年、鉄道事業の拠点として、

大連に「南満州鉄道(通称満鉄)」の本部を置き、鉄道関連事業を

展開していくことになった。

1906年以降、建設された満鉄本社、銀行、公共施設などは

日本人設計者によるもので、今でも中山広場中心に残っています。

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大連港第二埠頭

9月9日の朝、通訳と日本人が戦前建設した建物を中心に

電車、バス、タクシーを利用し、市内を回ってきました。

そして、最初に訪れたのがこの大連港第二埠頭。

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戦前、この埠頭は満蒙開拓団の玄関口として、戦後は日本への

20数万人引揚者脱出港として、数々のドラマが生まれている。

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埠頭近くにあるこのビルは「旧満鉄大連埠頭事務所」で、1926年に

竣工し、当時、大連一の高層建築だったと言われています。


ラストエンペラーのロケ地となった船客待合所

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そして、船着場に1924年、「船客待合所」が設けられ、この写真が

2階の「船舶待合所」で、1階に鉄道のプラットホームが作られ、

満鉄線への乗り継ぎが容易にできるようになったそうです。

この「船舶待合所」は映画「ラストエンペラー」で、天津港から本国に

帰る英国人家庭教師のジョンストンを愛親覚羅溥儀が見送るシーンに

使われています。

ジョンストン(ピーター・オトウール)が待合所を歩いて船着場に行く途中、

突然、数人の中国人楽隊が現れ、「蛍の光」を演奏し始め、その演奏に

合わせジョンストンが消えていく光景が、今でもはっきり思い出せます。


中山広場の旧日本建築物

大連はロシア統治時代に、パリの町並みを模倣して作られた

だけあって、広場が多く、放射線上に道が別れたりしている。

中山広場はその典型で、広場を中心に戦前、日本人が建てた

建築物が今もたくさん残り、今も現役として中国側が使用して

いる例も多い。

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旧中国銀行大連支店               旧大連東洋拓殖ビル

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旧大連市役所                   旧大連大和ホテル

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旧大連民政(警察)署               旧朝鮮銀行大連支店

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旧横浜正金銀行大連支店              旧関東逓信局

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旧英国領事館(現大連金融大廈)       大連人民文化クラブ


旧満鉄関連建築物

Rimg1151r_2        

旧満鉄(正式名:南満州鉄道株式会社)本社

満鉄は1906年に設立。

大連市に本社が建てられ、           Rimg1156r_2

鉄道事業を中心に広範囲に

渡る事業を展開。

当初、満州経営の中核となった。

しかし、満州国が1932年に設立

されると、満州国の首都の                                                     

新京市(現在の長春市)に

本部が置かれ、そちらが

事実上の本社となった。(右の写真は旧満鉄大連図書館)


大連の繁華街

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大連の繁華街は中山路(旧西通)と     

解放路、友好街に囲まれた一角に         Rimg1188r_3

集中して、ホテル、商業施設や

飲食街などがあります。

大連に唯一、進出していた日本の

量販店「マイカル大連」は日本が

引き上げ、中国独自資本で経営

されています。

飲食として日本からは「吉野家」

「味千ラーメン」「ぎょうざの王将」       

などが出店しています。               Rimg0959r_3   

このうち「味千ラーメン」は日本で

馴染みうすいものの、中国では

好評で現在、450店舗(日本は

100店舗:熊本市に本社)以上と

他の日本外食チェーンを圧倒して     

います。ラーメン一杯20元(日本              Rimg0962br_2

円で300円ぐらい)で食べられ、

とんこつベースのスープですが

安く確かにうまいの一言です。

日本のファッション進出としては

イトキンさんが立派なビルを

持たれ商品の展示販売もされていました。

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大連観光の最後は「大連駅」です。

大連駅は満州国時代に上野駅をモデルに作られ、表玄関口は

当時のままの姿なので、古きよき時代の証となっています。

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ところで、大連駅裏の開発が進み、近代的な裏玄関の大連駅が

できています。

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大連の満鉄時代、1934年から1943年にかけて大連からハルピン間の

943kmの鉄路を、超特急「あじあ号」が、最高時速130kmのスピードを出し、

12時間30分で走った。日本の鉄道技術の叡智を集め完成された

「あじあ号」は蒸気機関車ながら、冷房車両もあり、当時としては

世界高水準レベルの特急だと言われています。

特急あじあ号を牽引した機関車は全部で12台作られたが、

終戦時、ソ連軍に大半撤収され、今、中国に保管されているのは

瀋陽の「鉄道博物館」に「パシナ751」。大連の車両区に「パシナ757」の

2台あるのみです。

瀋陽の「鉄道博物館」は非公開(中国の学生だけの研修施設)のため、

大連の「パシナ757」のみ見学可能です。

写真は友人が大連に行ったとき、現地で撮った「あじあ号」の機関車です。

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大連について思うこと

今、中国では尖閣諸島問題で反日デモが拡大しており、

終息の兆しが見えない。

大連でも反日デモが行われていると思われるが、他の都市に

比べると小規模でメディアに出てきてないようです。

大連はもともと親日的で、戦前、20万人の日本人が住んだ町でもあり、

日本語が話せる人も多い。

大連は日本人が安心して訪れることができる唯一の町では

ないでしょうか。

温暖な海洋性気候に恵まれ、海鮮料理もうまく、日本料理の

お店も多い。

ノスタルジックな過去と現代が交錯する町:大連。

一度訪れることを、皆さんにお勧めします。

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