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秋の三番瀬

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久しぶりの三番瀬

昨年の3月11日。                       463r_2

東日本大震災で痛手を受けた

「ふなばし三番瀬海浜公園」は

1年以上閉鎖され、4月20日に

開園されました。

私が三番瀬を訪れるのは

6年ぶりぐらいのことで、以前と       451r

少し、様子が違っていました。

以前も干潮前に訪れたのですが、

干潟が波打ち際からかなり

離れた海域まで広がって

いたのを記憶しています。

干潟が少なくなっているなと思ったのですが、案の定、

公式調査で減少していました。


干潟が震災影響で半減!

千葉県が今年2月に行った

測量調査(浦安、市川、船橋、    460r

習志野の各市沿岸に広がる

約1800ヘクタールの浅瀬)

によると、干潮時に水面から出て

いる部分。3年前の調査では

269ヘクタールあったのが、

123ヘクタールにまで縮小。        291r

水深も27センチ深くなっていた

とのことです。

千葉県では、この現象を震災の

影響によるところが大と分析

しているようです。

干潟が半減しているということは、     178r      

当然、シギチなどの鳥のエサも

半減しているわけで、鳥たちの

三番瀬への飛来に影響してくる

のではないでしょうか。

さて、この日の干潮時刻は12時。

9時前に三番瀬に到着。                263r

このぐらいの時間が、シギチを

観察するにはベスト。

干潟が広がる前、波打際近くに、

シギチが飛来してくるので、

かなり近くで彼らを観察、撮影

できる。

そんなわけで、今日ゲットできた鳥たちはこんな感じ。


三番瀬の鳥たち

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一番目はオオソリハシシギ。全長39cm。大型のシギで、旅鳥です。

渡来数は少なく、環境省のレッドデータブックでは

絶滅危惧Ⅱ類となっています。

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2番目はハマシギ。全長21cm。旅鳥または冬鳥。大群で行動し、

その舞う姿は銀色に光り、美しい。

ハマシギは最近、環境省のレッドデータブックで準絶滅危惧種に

なっており、日本への渡来数が減少傾向にあるようです。

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3番目はミユビシギ。全長19cm。旅鳥。後指がなく前の指3本だけなのが

この種の特徴で呼び名となっている。

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下の写真で前側がミユビシギ。後ろ側がハマシギ。

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4番目はダイゼン。全長29cm。旅鳥。本種はチドリ科の鳥でただ1種、

4指となっているのが特徴。これは冬羽のダイゼン。

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5番目はオバシギ。全長28cm。旅鳥。春、秋の渡りの時に、

全国各地で普通に見られる種。

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シギチの”トリ”はミヤコドリ。全長45cm。旅鳥または冬鳥。

ミヤコドリは近年、渡来減少傾向にあり、環境省のレッドデータブックで

準絶滅危惧として扱われている。

伊勢物語で在原業平が詠った「名にしおはば いざ言問はむ都鳥 

わが思うひとは ありやなしやと」という歌の中に都鳥がでてきます。

もっとも古代・中世でユリカモメのことをミヤコドリと呼んでいたという

説がありますが、ミヤコドリは古くから日本へ渡来していたようです。

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三番瀬とラムサール条約

今年の3月14日

三番瀬保全団体の                         260r

「三番瀬を守る署名ネットワーク」

(田久保代表)は三番瀬の

ラムサール条約登録を求める

署名14万2019筆を

千葉県知事へ提出しました。

日本の場合、地方自治体が            065rr

手続きしないと、ラムサール

条約登録ができない仕組み

になっています。

ところが、県は登録に消極的で

動いていません。

理由としては、第2東京湾岸道路を       209r

三番瀬の猫実川河口域に

通すことをあきらめていないことと、

埋立地での再開発計画を進めて

いるためです。

それと漁業関係者による

干潟恒久保全反対もあり、ラムサール条約登録が頓挫している状況です。

「三番瀬で会いましょう」

カレンダーの表紙を               Ramu_002r

飾った「トビハゼ」君

三番瀬にはトビハゼ君以外に

小魚、二枚貝、巻貝、ゴカイ、

カニ、エビ、タコ、イカなどの

多様な生き物たちが生息し、

渡り鳥たちのエサ場にも

なっています。

東京湾の干潟明治後期

136平方キロあったのが、

再開発による埋め立てで、

昭和58年には10平方キロと、何と93%干潟が減少しているんです。

古来、大自然は人間のためにあるのでなく、多様な動植物たちのためにも

存在してきたわけです。

そして、人間は彼らと共存する形で、生活を営んできました。

今、後世の人たちのためにも、残りわずかな狭い干潟を

残していくべきだと思います。

そのためにも、早期に三番瀬のラムサール条約登録を

実現できるよう、県が決断されることを願っています。

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