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川崎大師・仲見世風景

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トントコトントコ・音のある風景

Imgp3870r 

川崎大師の仲見世は                      

150mほどしかない短い                    Imgp3853r_2

参道に、とんとん飴やだるま、

漬物屋、くずもちのなどの店が

びっしりと並んでいる。

川崎大師は正月3ヶ日だけで、

300万人を超える参拝客で

にぎわっていますが、それらの

お客様を一手に引き受けて

いるのが、仲見世商店街。

私は厄年の前厄から20数年、毎年、初詣に行き、狭い仲見世

の人ごみと参拝客を呼び込む声や、とんとん飴を包丁で切る

音などの賑わいを楽しんでいる。

Imgp3882r_2  Imgp3883r

ここ川崎大師仲見世は練って伸ばしたさらし飴を

リズミカルに包丁で切るいわゆる音の風景が有名だ。

私が川崎大師への行き初めは、飴屋さんの店頭で実際に

長い飴をトントコトントコ切るパフォーマンスをしており、

物珍しく立ち止まって見ていたものでした。

それがその後、まな板に包丁だけを上下に動かし

トントコトントコと音を出す、光景に変わった。

さらに、包丁だけのパフォーマンスをやめ、

トントコトントコの音だけをテープで流すようになった。

Imgp3881r

手抜きなのか、人手不足なのかは知らないが、楽しみの

ひとつがなくなり残念だ。


厄除け大師詣ではいつから?

ところで、川崎大師は、

1128年に創建された真言宗        Imgp3834r   

智山派の大本山です。

それが、いつの頃から厄除け

大師として有名になったの

でしょうか?

江戸時代、1813年に厄年を

迎えた徳川11代将軍の          Imgp3846r      

徳川家斉が、厄除けに

川崎大師を参拝したことから、

江戸の庶民の間でも、厄除け

大師詣でが流行したことに

始まったようです。

昔、江戸から川崎大師までの      Imgp3888r

距離は5里(約19.6km)と言われ、

一般の参拝客にとって、日帰りは

無理であったことから、表参道

には大きな旅館や料理屋、

土産物屋などが並んでいた

ということです。


川崎大師・仲見世の変遷

その頃の川崎大師名物は、

蛤鍋(はまなべ)で、蛤鍋の店が           Imgp3871r_2

門前にたくさん並んでいたそうです。

しかし、明治以降、近代化の波に

よって、海産物の漁獲量が減少し、

蛤鍋の店が少なくなり、変わって

久寿餅(くずもち)の店が次々に

増えていった。

一方、川崎大師には江戸時代、     Imgp3887r_2

七五三などの時に、飴を売って

いた店があり、1862(文久2)年

創業の菓子屋「評判堂」が

明治4年、飴の製造販売を始めた。

その後、深川不動尊にあった

飴専門の老舗「松屋の飴」が     Imgp3879r

昭和11年に川崎大師に店を

出してから、飴専門店が増えて

きたとのこと。

江戸時代は繁華街というのが

ほとんどなかったので、寺社

仏閣には多くの人が集まった。

そういう場所では飴がお土産の定番のひとつだったため、

川崎大師でもお土産として飴が受け入れられやすい

素地があったと言えるようです。

川崎大師仲見世の名物として久寿餅、飴以外にだるまもあり、

私はこの三つを勝手に「川崎大師三大名物」としています。

Imgp3873r_2  Imgp3875r

だるまは皆さんご存知の

禅宗の達磨和尚が座禅を組んで

いる姿の置物なのですが、             Imgp3876r

何故、真言宗の川崎大師で

禅宗のだるまが売られている

のか、不思議に思いました。

そもそも、だるまの置物は

江戸時代、中国より長崎を

経由して伝来したもので、            Imgp3886r

縁起物として宗派を超え、

寺社仏閣にて売られ、庶民が

買い求めたとのこと。

つまり、達磨大師は宗派を超え

多くの人々に愛されたことに

あるようで、川崎大師でも同様に

だるまが売られ、今日に至って

いるのが現状といったところです。

そんな川崎大師の仲見世の           Imgp3885r_2      

歴史を振り返り、今年も2月初め、

初詣に川崎大師を訪れ、

厄払いをしてもらい、護摩札を

いただきました。

私は、祭りのような人出の

仲見世を通り抜け、

トントコトントコの

飴を包丁で切るテープの音を

聞きながら、川崎大師を後にした。

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