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2014年4月

南部の火祭り

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南部火祭りの由来

毎年、8月15日に山梨県南部町の富士川で「南部の火祭り」が

開催される。

この火祭りは、夏の風物詩として多くの観光客を集めている。

その由来は・・・

火祭りは文字通り火を焚く祭りで、毎年8月15日の盆の送り火や

川施餓鬼(川で溺れた人の霊を供養したり、川でとれた魚介類の

霊を祭る行事)として行われてきた荘厳な儀式であった。

と同時に稲作を病虫害から守るための虫送り行事を

兼ねたものであると伝えられている。

この祭りの起源は定かではないが、舟運のさかんになった

江戸中期の元禄時代頃からであろうと推定され、

かつては富士川下流域の各地で行われていた行事であったが、

今では殆ど影をひそめ、伝統行事として大規模に伝承されて

いるのはこの「南部の火祭り」だけであるという。


火祭り前

私がこの地を訪れたのは2002年の8月15日のことで、

この日、30度を超す暑い日差しの中、4時頃到着した。

最寄駅は身延線内船駅で、徒歩10分程度で火祭りの

会場に着いたが、多くの見物客は車で来ているようだった。

会場付近には既に出店が並び、早々と花見のように

シートで場所確保するという光景が見られ、見物客の力の入れようが

半端でなく、あっけにとられた。

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富士川の両岸には「百八たい」と呼ばれる薪の山が2kmに渡って

設置され、準備万端。

「百八たい」とは・・・もともと仏教の「百八煩悩を絶つ」ということに

由来しているといわれ、文字通り108の薪の山が並んでいる。

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火祭りのイベントスケジュール

会場の係りの方からいただいたパンフレットによると

6:40~ 南部火祭り太鼓

6:40~ 投げ松明(たいまつ)

7:30~ 灯篭流し

7:45~ 大松明点火

8:00~ 百八たい点火

8:10~ 花火大会

8:20~ 盆踊り

という予定になっており、現在も同じように進行されているようだ。


投げ松明(たいまつ)

太鼓を叩く音が河原に響くと同時に、最初のイベントの

投げ松明が行われる。

投げ松明とは・・・「蜂の巣」と呼ばれる麦わらで編んだ籠を載せた、

高さ10数mもある竿を川原に立てる。

夕方日没になると、手に手に松明をもって集まった子供達が、

投げ入れの合図とともに、点火した松明を片手でクルクルと

回しながら、頭上の蜂の巣目がけて投げ合うのが投げ松明。

うまく松明が命中すると、蜂の巣が天空で火の塊となって

燃え上がる。燃えつきたあと、竿を揺さぶると、あたかもクス玉を

割ったように火の粉が折からの風に乗って飛び散っていく様は

まことにお見事。

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大松明点火

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次が大松明点火だが,大松明は町内各寺院から古くなった

塔婆を集め、積み重ねて山となし、大松明に仕上げられている。

僧侶による読経のなか、点火され、煌々と照らす塔婆の炎と

低く流れる読経が闇の川辺に幽玄な響きをもたらしていく。

燃える炎が火の勢いや風の向きによって、様々な梵字に

見えたりして、思わず合掌してしまった。

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百八たい点火

いよいよクライマックスの「百八たい」点火。

8時にサイレンが鳴り、108個の「百八たい」が一斉に点火される。

百八つのかがり火は一度に燃え上がり、川原は勿論のこと、

近くの山や空も真赤に染めて、焔は川面に映り、2倍の焔となって

辺りを火の海の饗宴に包んでいく。

折から打ち上げ花火の連発と相まって、天と地も絢爛豪華に

彩られていく。まさに幻想の世界にひきこまれていく感じであった。

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私はこれらの光景を見て、終電に間に合うよう急いで内船駅に

戻った。

真夏の火祭り祭典。暑い日の暑い祭典に、

私は心が浄化されたような気がしました。

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江戸東京たてもの園

「江戸東京たてもの園」設立の趣旨

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先週、小金井公園に花見にでかけ、

立ち寄った「江戸東京たてもの園」は、

価値ある展示物でした。

東京は江戸の昔から火事、水害、    20140412iphonefile_206r

震災、戦災などにより、多くの

歴史的建築物が失われてきた。

現在もまた、社会・経済の変動に

伴って、価値ある文化遺産が

失われつつある。                    Dsc09403r_2

そこで、東京都は1993年、

江戸東京博物館の分館として、

小金井公園の中に

「江戸東京たてもの園」を建設。

現地保存が不可能な文化的価値の

高い歴史的建築物を移築し、復元・

保存・展示しながら、貴重な文化遺産

として次代に継承することを目指して

いるというのが設立の趣旨。           Dsc09404r_2


展示物のゾーン分類

敷地面積約7haのたてもの園は

大きく農家屋敷のある西ゾーン。

著名人の住居のあるセンター

ゾーン。                                       Dsc09460r

下町風情を残した商家、銭湯などが

ある東ゾーンの3つに分かれている。

で、私が注目、気に入った建築物や

乗り物などをチョイスしたのが

アップした写真です。


西ゾーンでは・・・

「奄美の高倉」

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奄美大島にあった高床式の倉庫。

湿気やねずみの害から穀物を守るため、建物本体を地面

から高く上げている。生活の知恵ですね。

「八王子千人同心組頭の家」

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江戸時代、八王子に配備された徳川家家臣団の家。

かまどでご飯を炊いている様子は昔が偲ばれます。

吉野家(農家)

江戸時代後期に建てられた農家。

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式台付きの玄関や付け書院のある奥座敷に

格式の高さを見ることができます。

写真のかまど。私が小学低学年の時、九州の田舎に

住んでいましたが、土間に置かれたかまどが

こんな感じでした。懐かしい!

デ・ラランデ邸

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この住宅は、元平屋建ての洋館でしたが、明治43年、

ドイツ人建築家のゲオルグ・デ・ラランデにより

3階建てとして増築されたそうです。

平成11年まで新宿区信濃町に建っていたという。

この1階が喫茶・食事の「武蔵野茶房」で、

お店で一番人気の「さくらロール」をいただきました。

アイスクリームとロールケーキのコラボ。とても美味でした。


センターゾーンでは・・・

高橋是清邸と庭園

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明治から昭和初めにかけて日本の政治を担った

高橋是清の住まいの主屋部分。

2・26事件の現場になったということでも有名。

ここでちょっと小金井公園の花見の様子を・・・

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旧自証院霊屋(きゅうじしょういんおたまや)

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尾張藩主徳川光友の正室千代姫が、その母お振りの方

(徳川家光の側室)を供養するために建立した霊屋。

慶安5年(1652年)の建立ですが、きらびやかで

彫り物も素晴らしい。


東ゾーンでは・・・

天明家(農家)

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江戸時代、鵜ノ木村(現在の大田区内)で名主を勤めた旧家。

かまどにいろり。古き良き日本の原風景です。

武居三省堂(文具店)と植村邸

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左が明治初期に創業した文具店。前面がタイル貼り。

右が植村邸。建物の前面を銅版で覆った和洋折衷の住居。

小寺醤油店と丸二商店(荒物屋)

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左が小寺醤油店。大正期から、現在の港区白金で営業していた店。

右が昭和初期に建てられた荒物屋。小さい銅板を巧みに

組み合わせて模様をかたち作り、建物の正面を飾っている。

大和屋本店(乾物屋)と仕立屋

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子宝湯

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東京の銭湯を代表する建物。神社仏閣を思わせる

大型の唐破風。玄関上の七福神の彫刻。脱衣場の

格天井などぜいを尽くした造り。

この銭湯。実は「千と千尋の神隠し」のモデルに なった銭湯。

昭和4年、足立区千住元町に建てられ、70年近く営業した

現役だった銭湯の「子宝湯」。


乗り物で・・・

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これはいすゞTSD43型のボンネットバス。

個人所有を展示物として貸与されれているそうです。

これもなつかしいバスです。

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都電7500形。渋谷駅前を起点とし、新橋、浜町中ノ橋、

神田須田町まで走っていた車輌。

都電は荒川線を除いて全て廃止され寂しいかぎりです。


万世橋交番物語

最後に登場させたのがこれ。

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万世橋交番と1号丸型の郵便ポスト

この交番は波乱万丈の運命をたどり、ここ江戸東京たてもの園で

安住の地を得ました。

万世橋交番の前身は須田町派出所で、明治45年4月1日。

万世橋駅(現在はない)が中央線起点駅として開業。

美しい赤レンガの駅舎は建築家・辰野金吾氏によるもので、

2年後、彼の手によって赤レンガの東京駅が完成。

万世橋駅の右端に誕生した交番が写真そのもので、

須田町派出所(万世橋交番の前身)であった。

その後、大震災の被害を受けながら生き残り、

昭和8年、交通博物館開業により交番・須田町派出所は

万世橋のたもとガード下(肉の万世のすぐそば)に移転。

昭和30年頃まで使用されていたという。

しかし、その後は倉庫のような扱いを受け、ボロボロに

傷んだ交番建物を、平成4年、冷たい雨の中、そのままの

姿で徹夜作業によって、そっくり、大型トレーラにより

江戸東京たてもの園に運びこまれた。

そして、現在のような美しい姿に修復され、

多くの見物客を楽しませている。

これが万世橋交番物語です。

何故、この交番にこだわるか。       Dsc09552r

実は、35年前、万世橋交番の

近くにあった会社に勤務して

いたので、絶えず誰もいない

交番を見ていました。

そして、江戸東京たてもの園で

美しい姿になって再会。

感激そのもの。本当になつかしい。

交番を見て、神田に勤めていた

頃のことを思い出しました。

肉の万世で肉料理やラーメンを

食べながら、気になっていた

ぼろかった無人交番。

人生は奇なりですね。

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小友沼再来:2014.3後編!

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世界の宝・雁が渡る能代平野

「おとも自然の会」の            Img023r

畠山会長著:「小友沼」で

小友沼の四季折々、豊かな植生や

飛来する鳥たちが写真つきで

語られている。

能代平野の豊かな田んぼと樹林に

囲まれた小友沼は、シベリアから

渡ってくるマガンやハクチョウたち

にとって格好のエサ場であり、

休息できる重要な中継地点に

なっている。

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この写真は畠山会長著の「小友沼」に掲載されている

小友沼全景。

この沼に3月、北へ帰るマガンがピーク時、

夕方、10数万羽ねぐら入りし、そして翌朝、日の出前から

1万から2万の大群が順次ねぐら立ちしていく。

そのドラマチックな光景に魅せられ、

私はここ数年、3月、小友沼を訪れているわけです。


マガンのねぐら立ち

3月23日の日の出時刻は5時39分でした。

この日、「おとも自然の会」主催による「マガン観察会」を

5時20分から行うということで、宿泊していた民宿を

5時前に出発。5時15分頃到着したものの、

既にかなりのマガンがねぐら立ちしたという。

車の音か何かに驚いて飛び立ったようだ。

下の写真は5時30分・小友沼の様子

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5時50分、マガンねぐら立ちの様子

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朝もやの小友沼

小友沼の東側に朝もややがたちこめ・・・

ハクチョウたちはそろそろ飛び立ちの準備?

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助走をつけ さあ飛び立ち

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朝もやめがけ続々と

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小友沼に入道雲

小友沼の南側で入道雲が・・・

こちらはまだ冬なのに。地表の急激な温度上昇で

冬でも入道雲が発生するという・・・

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いろいろな表情を見せてくれる小友沼。

4月23日がマガンのピークとなり18万羽。

しかし、25日は1万5千羽と減少し、3月末、沼は空っぽに

なったと思う。

マガンやハクチョウたちの北帰行の無事を祈り、

また来秋、幼鳥を多くひきつれ小友沼に戻ることを期待したい。

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今回も、おとも自然の会の畠山会長や会の方たちに

大変お世話になりました。

畠山会長から私の小友沼行きの2週間前より、

小友沼の凍結状態を知らせていただき、マガンのピークに

なるであろう23日を選ぶことができました。

畠山会長。ならびに会の方々。ありがとうございました。

 

 

 

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