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江戸東京たてもの園

「江戸東京たてもの園」設立の趣旨

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先週、小金井公園に花見にでかけ、

立ち寄った「江戸東京たてもの園」は、

価値ある展示物でした。

東京は江戸の昔から火事、水害、    20140412iphonefile_206r

震災、戦災などにより、多くの

歴史的建築物が失われてきた。

現在もまた、社会・経済の変動に

伴って、価値ある文化遺産が

失われつつある。                    Dsc09403r_2

そこで、東京都は1993年、

江戸東京博物館の分館として、

小金井公園の中に

「江戸東京たてもの園」を建設。

現地保存が不可能な文化的価値の

高い歴史的建築物を移築し、復元・

保存・展示しながら、貴重な文化遺産

として次代に継承することを目指して

いるというのが設立の趣旨。           Dsc09404r_2


展示物のゾーン分類

敷地面積約7haのたてもの園は

大きく農家屋敷のある西ゾーン。

著名人の住居のあるセンター

ゾーン。                                       Dsc09460r

下町風情を残した商家、銭湯などが

ある東ゾーンの3つに分かれている。

で、私が注目、気に入った建築物や

乗り物などをチョイスしたのが

アップした写真です。


西ゾーンでは・・・

「奄美の高倉」

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奄美大島にあった高床式の倉庫。

湿気やねずみの害から穀物を守るため、建物本体を地面

から高く上げている。生活の知恵ですね。

「八王子千人同心組頭の家」

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江戸時代、八王子に配備された徳川家家臣団の家。

かまどでご飯を炊いている様子は昔が偲ばれます。

吉野家(農家)

江戸時代後期に建てられた農家。

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式台付きの玄関や付け書院のある奥座敷に

格式の高さを見ることができます。

写真のかまど。私が小学低学年の時、九州の田舎に

住んでいましたが、土間に置かれたかまどが

こんな感じでした。懐かしい!

デ・ラランデ邸

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この住宅は、元平屋建ての洋館でしたが、明治43年、

ドイツ人建築家のゲオルグ・デ・ラランデにより

3階建てとして増築されたそうです。

平成11年まで新宿区信濃町に建っていたという。

この1階が喫茶・食事の「武蔵野茶房」で、

お店で一番人気の「さくらロール」をいただきました。

アイスクリームとロールケーキのコラボ。とても美味でした。


センターゾーンでは・・・

高橋是清邸と庭園

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明治から昭和初めにかけて日本の政治を担った

高橋是清の住まいの主屋部分。

2・26事件の現場になったということでも有名。

ここでちょっと小金井公園の花見の様子を・・・

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旧自証院霊屋(きゅうじしょういんおたまや)

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尾張藩主徳川光友の正室千代姫が、その母お振りの方

(徳川家光の側室)を供養するために建立した霊屋。

慶安5年(1652年)の建立ですが、きらびやかで

彫り物も素晴らしい。


東ゾーンでは・・・

天明家(農家)

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江戸時代、鵜ノ木村(現在の大田区内)で名主を勤めた旧家。

かまどにいろり。古き良き日本の原風景です。

武居三省堂(文具店)と植村邸

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左が明治初期に創業した文具店。前面がタイル貼り。

右が植村邸。建物の前面を銅版で覆った和洋折衷の住居。

小寺醤油店と丸二商店(荒物屋)

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左が小寺醤油店。大正期から、現在の港区白金で営業していた店。

右が昭和初期に建てられた荒物屋。小さい銅板を巧みに

組み合わせて模様をかたち作り、建物の正面を飾っている。

大和屋本店(乾物屋)と仕立屋

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子宝湯

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東京の銭湯を代表する建物。神社仏閣を思わせる

大型の唐破風。玄関上の七福神の彫刻。脱衣場の

格天井などぜいを尽くした造り。

この銭湯。実は「千と千尋の神隠し」のモデルに なった銭湯。

昭和4年、足立区千住元町に建てられ、70年近く営業した

現役だった銭湯の「子宝湯」。


乗り物で・・・

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これはいすゞTSD43型のボンネットバス。

個人所有を展示物として貸与されれているそうです。

これもなつかしいバスです。

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都電7500形。渋谷駅前を起点とし、新橋、浜町中ノ橋、

神田須田町まで走っていた車輌。

都電は荒川線を除いて全て廃止され寂しいかぎりです。


万世橋交番物語

最後に登場させたのがこれ。

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万世橋交番と1号丸型の郵便ポスト

この交番は波乱万丈の運命をたどり、ここ江戸東京たてもの園で

安住の地を得ました。

万世橋交番の前身は須田町派出所で、明治45年4月1日。

万世橋駅(現在はない)が中央線起点駅として開業。

美しい赤レンガの駅舎は建築家・辰野金吾氏によるもので、

2年後、彼の手によって赤レンガの東京駅が完成。

万世橋駅の右端に誕生した交番が写真そのもので、

須田町派出所(万世橋交番の前身)であった。

その後、大震災の被害を受けながら生き残り、

昭和8年、交通博物館開業により交番・須田町派出所は

万世橋のたもとガード下(肉の万世のすぐそば)に移転。

昭和30年頃まで使用されていたという。

しかし、その後は倉庫のような扱いを受け、ボロボロに

傷んだ交番建物を、平成4年、冷たい雨の中、そのままの

姿で徹夜作業によって、そっくり、大型トレーラにより

江戸東京たてもの園に運びこまれた。

そして、現在のような美しい姿に修復され、

多くの見物客を楽しませている。

これが万世橋交番物語です。

何故、この交番にこだわるか。       Dsc09552r

実は、35年前、万世橋交番の

近くにあった会社に勤務して

いたので、絶えず誰もいない

交番を見ていました。

そして、江戸東京たてもの園で

美しい姿になって再会。

感激そのもの。本当になつかしい。

交番を見て、神田に勤めていた

頃のことを思い出しました。

肉の万世で肉料理やラーメンを

食べながら、気になっていた

ぼろかった無人交番。

人生は奇なりですね。

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