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万世橋駅物語

万世橋駅前史

神田川に面する万世橋界隈は       20140502iphone_246r

江戸時代から商業の街として

繁栄していました。

明治以降、主に洋服生地を扱う

問屋街が周辺に形成。

万世橋駅前の連雀町(今は

神田須田町 - 神田淡路町の

一部)には、飲食店、寄席、

映画館が次々と開業。         20140502iphone_240r_2

そして、繁栄する万世橋地区を

目指して、鉄道を延伸しようと

したのは私鉄の甲武鉄道です。

甲武鉄道は1889年(明治22年

)4月11日、立川 - 新宿間を

開通させ、都心への延伸を

進めていました。


万世橋駅の誕生

1912年(明治45年)4月1日。万世橋駅の営業を開始。

なお、甲武鉄道は1906年(明治39年)3月31日に国有化

されました。

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初代の駅舎は豪華そのもの。東京駅と同様に辰野金吾氏の

設計による赤煉瓦造り。

一等・二等待合室、食堂、バー、会議室等を備えていました。

また、貨物用のエレベーターも整備されていました。

駅前には広場が設けられ、日露戦争の英雄である廣瀬武夫と

杉野孫七の銅像が建てられた。

そして、東京市電が走り、多くの人で賑わい、大正時代に

最盛期を迎えました。

20140502iphone_227r_2


万世橋駅の末路

しかし万世橋駅の開業後に、

東京駅が完成。                20140502iphone_218r

1919年(大正8年)3月1日、

万世橋 - 東京が開通。

中央本線の起終点としての役目は

7年で終わったのです。

その後、万世橋駅は1923年

(大正12年)の関東大震災で

駅舎が焼失し、遺体安置所に

利用された後、簡素な駅舎が        20140502iphone_197r

再建されました。

徒歩で行ける距離に神田駅及び

秋葉原駅が出来た為、乗降客は

減少していき、須田町交差点が

移転後、1929年(昭和4年)以降は

市電も通らなくなった。

1936年(昭和11年)4月25日、

東京駅から鉄道博物館が移転。

駅舎は解体縮小され、博物館に併設された小屋となったのです。

駅構内にあった階段の一部は1943年(昭和18年)11月1日、

駅は休止(実質上廃止)となり、駅舎は交通博物館部分を除いて

取り壊されました。

その後、駅舎の一部は交通博物館に転用されましたが、

2006年(平成18年)5月14日に閉鎖。

2010年(平成22年)6月までに全て取り壊されました。

これが万世橋駅の始まりと終わりの物語です。


「マーチエキュート神田万世橋」の誕生!

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さて、そんな万世橋駅の

一部が昨年9月、赤レンガ造りの

高架橋を残し、

「マーチエキュート神田万世橋」

として生まれ変わりました。

明治の開業時、使用していた          20140502iphone_242r

階段、壁面、プラットホーム

などの遺構が、高感度ショップや

カフェとともに蘇ったわけです。

旧万世橋駅と神田界隈は、

文化人から大衆までが集い、             20140502iphone_203r

人々が垣根を越えて分け隔てなく

交流する場でした。

文化性を求める人たちが語らう

往時のサロンのように、

古くて新しい商業施設として、

東京の新名所になっていく

そんな予感がするエリアです。

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連続するレンガアーチの高架下に12の店舗

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往時の階段

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往時のプラットホーム

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秋葉原の電気街そばにあるこの商業施設。

ちょっと足をのばして、のぞいて見てはいかがでしょうか。

pencilエピローグ

万世橋交番パート2

万世橋駅の駅舎は完全に消滅しましたが、駅開業時より駅舎に

くっついて建てられた万世橋交番(当時は須田町派出所)は、

幾多の変遷を経て、小金井の「江戸東京たてもの園」に引き取られ、

安住の地を得た。

この写真は平成4年(1992年)に、「江戸東京たてもの園」に

そっくり移動される前の「万世橋交番」。

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万世橋駅高架橋そばのガード下に移転させられボロボロの状態。

「ぼくの近代建築コレクション」の、昭和62年(1987年)2月撮影分より。

下記写真が万世橋交番があった場所。

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そして、改修復元された今の万世橋交番

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